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油断をもたらすその心境

   ――――――――…  ―――――――… 「んー!なんか俺言えねぇ!ウノって言えないぃ……!」 「あっははは!お前ばっかじゃねぇの?」  机にうな垂れる加藤に俺は笑いながら一抜けして勝利を得る。UNOなんて小学生以来だったせいか昼飯を早々に切り上げて盛り上がっていた俺達は単純なんだろうなー。  ストーカーの件は落ち着いたというより、頻度が少なくなってきたのが最近だ。おかしな視線もなくなってるような気がするし、メールや非通知電話も前ほどじゃなくなっている気がする。  俺の予想としては、前よりさらに新垣とよくいるところを見て諦めてくれてるのかな、って思っているよ。  あいつと一緒にいたら本当に安全だ。 「お前は反射神経が鈍いのかね?」  伊崎も上がりながら言うが、 「絶対に航大よりはあると思ってたんだが……」 「え、お前なに、絞められたいの?」 「だって!」  伊崎が上がったことも知らずに立ち上がるビリ。結局お前の負けなんだよ。  表でも心の中でも笑う俺を見て反射神経が鈍過ぎる加藤は不貞腐れはじめた。でもこれはゲームだからそこまで悔しがらなくてもいいのにな?  あ、負けず嫌いってやつか。  確かこいつはそんな性格だったはず、と思い出しながらまだ納得いかなさそうな表情で『トイレ!』と言い残して教室から出て行った加藤。  それと廊下で、もう一回やるんだからな!という叫びも聞こえたが、無視して片付けよう。 「なんかさ、」  俺の片付けを見ていた二番上がりの伊崎が話しかけてきた。 「んー?」 「航大が、元気そうでよかった」  思わず、はぁ?と口に出して動かしていた手を止める。なに言ってんだこいつは。もともと元気だし、つーか学校の日は毎日いるだろ?  休んでたわけじゃない。休日に遊んでいたのがパッとなくなっただけだ。たまに新垣とは遊んでいたが……でもストーカーの事もあるし。 『あの二人に話したとして、被害に遭う可能性も考えた方がいい』  新垣が、言うから。 「あいつからも聞いたと思うけど、新垣と結構ツルんでるだろ」 「あー……」 「いや、いいんだけどな?でも、ちょっと寂しいじゃねぇか」  まだ集まりきってないカードを集めては揃えて、渡してくる。  負けず嫌いなあいつからも言われた言葉だ。こんな俺に二人は飽くことなく一緒にいてくれる。もちろん新垣もだ。  俺ってば本当、幸せ者なんだろうな。モテ期が来てほしいとかイケメンになりたかったとか、平凡な自分に呆れながらもほとんど変わることのない容姿と性格を持ったまま過ごしていたけど、周りに恵まれ過ぎているのかもしれない。  この友人二人も平凡だが、いい奴等で離したくないとまで思っている。 「なんかほら、遊んでないし、話もろくにしてないだろ?今日はこれしながら話せてるからいいんだけど」  片付け終わったUNOの箱裏を見ながら呟く伊崎。  こうも二人から言われたら俺も俺でツラくなる。だって俺も我慢しているからな。  恐怖に負けて二人と遊ぶのを控えているわけだし……正体さえわかればいいんだろうが、そんなすぐにわかるわけがない。  でも、こいつ等と遊びてぇなぁ……。  平気……か。 「あれか?忙しいとか?姉ちゃん帰ってきたり?」  聞いてくる伊崎に耳を傾けながら新垣を探す。  自然と身に付いてしまった新垣からの許可に、すぐハッとなっては『なにしてんだ俺は――』と頭を抱えるんだけど。  異常か。 「今日あいつと放課後、遊ぶんだけどなにもなければ航大も行こうぜ?」 「……」  これまた突然の誘い。しかも加藤と違うのはこいつの場合、今日ってところ。  だけどやっぱり俺も我慢の限界を越したみたいで、落ち着いてきたと思っているストーカーも、まぁいいかな……って。 「じゃあ、久々に」  なるべく笑顔で意を決しながら頷いた、俺。  考えてみりゃストーカー行為をされてもう、一ヶ月が経とうとしている。  昼休みの間はずっと教室に戻ってこなかった新垣。  今日も下校とともに家まで送られるというものをやってくれるんだが、さすがに加藤と伊崎で遊ぶと決めたんだから、話して先に帰ってもいいことを伝えないとだろ?  一緒に、四人で遊ぶという選択肢は最初からないみたいだからさ。  だが、戻ってこなかった新垣。次の授業が始まるギリギリの時間まで来なかったから話せなかった。  帰りのホームルームが終わったあとでもいいか……んー、妙に心配性がチラついてる新垣だが納得してくれっかなー。  隣席の新垣。今話せばいいんだろうが生憎、教科担当である教師が鬼教師だから喋れないんだ。喋ったらグラウンド十周とかくらう。  だからか意味もなくジッと新垣を見て、すぐに黒板の方へ視線を直しといた。 「――じゃ、また月曜日な」  担任の声で一斉に動き出すクラスメイト。金曜日で土日が休みだとわかればはやく帰ったり、遊んだりとして騒ぐんだろう。俺もその中の一人なわけだが、その前にやることもあるしなぁ。  担任がいなくなった教室内がざわつく。もちろん教室を出ている奴等もいる。 「佐倉」  そこで新垣の声が響いても静かになることはなく、むしろかき消されそうなほどだ。 「ん?てか俺もお前に話があるんだけど」 「なに?」 「そっちから話せよ」  なんとなく避けた先攻。自然な振る舞いのつもりだったが怪しまれずに権限を渡せたに違いない。  鞄の中に教科書を入れながら新垣の話を待つ。  お、これは月曜日にあるから置いていこう、と。 「あぁ……またちょっと呼ばれているから三十分ぐらい待つことになるんだけど、平気か?」 「また呼び出しくらってんのか。お前なにしたの?」  少し驚きながら言えば新垣も眉を垂らして笑う程度。でもちょうどいいのかもしれないな。このノリに乗って俺も話せば新垣も許してくれるだろう。  無駄な心配は将来禿る元だ。 「まぁいいや、俺もあいつ等と遊ぶ約束したから今日は別々な」  ガタッ、と大きな音が出てしまった椅子に気を遣いながら立ち上がった。  加藤と伊崎はすでに行けるみたいで出入り口に立ちながら俺を待っている様子。  なんとなく悪いなと思いながら新垣との話を切り終わらそうと俺は座っていた椅子を押し戻す。 「えっ……は?」 「や、ほら、あの件も手紙とかなんだかんだあるけど、頻度は減ってるじゃん。知ってるだろ?今日ぐらい大丈夫だって」 「佐倉、そういう時に限って――「航大ぁ!はやくはやくー!」  狙ったつもりはないんだろうが、新垣の声を遮ってまで聞こえた俺を呼ぶ声。負けず嫌いな加藤だ。  俺が遊べると知った時に一番、喜んでいるように見えた奴。嬉しいもんだな。 「あー、っと……じゃ、そういうわけで、」 「佐倉」  こっちはこっちで後味が悪過ぎるけど、今日だけは許してほしい。自分勝手な行動だとはわかってる。揺らぐ気持ちで新垣の顔もろくに見れず状態の俺は友人二人に近付き、教室を出て行った。  今日は前から言われていたバーガーを食いに、店員の笑顔と明るい声から発する『いらしゃいませ』は客である俺達も気持ち良くしてくれる出迎え方でやって来た。  本当に久しぶりな店に俺も心を弾ませながら二人と話をする。  それでも内容なんて変わらず、二人は今もまだ深夜バラエティーを見ては放送事故がまたあっただの、あれは視聴者に見せているだの、健全な男子の会話で安心していた。  たかが一ヶ月。だけど、一ヶ月だ。変わらないで変わる時間を作れる一ヶ月。新垣といても面白いし、こいつ等といても面白いのは、変わっていない。  そこに俺は安心しているんだろうか……わからねぇわ。 「航大なに食う?」  いつの間にかカウンター前に来ていた俺は意識を戻してメニュー表を見た。あ、新商品出てる。 「んー、テリヤキ」 「お前変わんねぇな、俺はエビバーガー!」 「女子力の高さだけは負けてないと思うぞ。俺はビッグビーフバーガー」  そして最後に『全部セットで』と付け足してくれた伊崎。  加藤は“女子力”と言われただけで少し照れていたが、ここは果たして照れる場面なのか? 「あとサラダ三つお願いします」 「サラダ三つですね!ドレッシングは和風、ゴマ、シーザーとございますが、いかがしますか?」  勝手に頼まれたと思うような言い方だが、実はこれは恒例の頼み。 「俺、和風」 「シーザー」 「ごーまー」  セットついでにサラダを頼むのが俺と加藤と伊崎だ。  そこまで野菜が好きかと聞かれたらそうでもないんだが、伊崎がなんの気遣いなのかサラダもよく頼んでくる。しかも毎回。  ここだけじゃない、ファミレスとかでもだ。お前だけ頼めばいいじゃん、と言ったらバランス良く!なんて元気に言われたっけ。  あいつの方が女子力高いんじゃねぇの? 「――お待たせしました、ごゆっくりどうぞ!」  店員からトレーを渡されて受け取れば、空いてる席を見付けて適当に座る。 「そういや俺の兄貴結婚すんだよなー」 「え、加藤がよく話すあの彼女さん?」 「めっちゃ喧嘩ばかりだったじゃねぇか」 「んー、でも、だからこそ結婚するとか――」  なかなかにして良い放課後だ。気も遣わず、周りの視線も気にしない。ちょっとした緊張感もない。話題が次々出ては途切れる事もない。  比べていないが、やっぱり俺はこいつ等といる方が合ってるような気がするなぁ。  新垣との〝親友〟も良いし、俺としても嬉しいが格の差で言えばあいつも俺じゃない他の誰かといた方がいいんじゃないかなー、って。親友というポジションをやめるつもりはないんだけどな。  ただ、あそこまで一緒にいた事がなかったから思っただけで……それを今日で思い知らされたというか。――ストーカーについては、この二人に言うつもりないんだけど。 「そうだ航大、俺あのゲーム買ったぜ?」 「はっ!?やりたい!」 「じゃ、明日は?」  加藤の誘いにさらに盛り上がる。嫌な事も忘れられる。ストレスが感じられない。すっげぇ楽しいなぁ。 「明日かー……空いてるから俺は良いぞ」  そんな約束も取り付けて、ポッと出てくるのはまたしても新垣。  今週の土日はどちらにしても遊ぶ約束はしていないから頷いた俺だけど、考えに達するのは“明日も平気だな”と思うところ。  新垣の心配性はオーバーだから俺もこんな風に首を傾げそうになるわけだが、今日は手紙が入ってなかったんだ。毎日毎日送られてきてたあの手紙が――精液塗れも含めて――届いてなかったからさぁ……。 「今日は久々に遊べてよかった」 「航大がなかなか誘ってくれなかったから……っ」 「おい加藤、ホモ臭やめとけよ!……はぁ、いいや。じゃあ航大、明日は昼の駅前な」  加藤の煽りについ乗っかって溜め息を吐く伊崎に頷きながら返事をしたあと、俺はわかれ道で二人の背中が見えなくなるまで見ていた。  こうしてるとかなり気持ち悪いが、しかたがない。あの楽しい空間から今の空間で味わうセンチメンタルな俺。  楽しみにしているゲームだって明日出来ることになったが、それはそれでまた明日のセンチメンタルが襲ってくるだろうし、今の俺ってばかなり不安定なのかもしれない。  それはストーカー行為をされてる以上に。 「あいつ等ってすごいのかも……」  誰もいない道。一人でただ空笑いをしながら、家までの道を振り返って歩く。  その時、目の前が真っ暗になり、なにかで口を塞がれて息苦しさを感じた時には――薄々遠のいていく意識に、足から崩れ落ちていった。  

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