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プロローグはここで終了

   恐怖はなくなったが、穴から抜いたせいで下から嫌な音を立てる。耳にあてられていたヘッドフォンも取られてクリアな聞こえに変わり、またそこで安心。 「ん……」  そしてやっと目の塞がりも取れて電気の光が眩し過ぎるとまで思った。  つーか……こんな煌々とした場所で……。 「航大……」 「……触んな」  泣いたせいで濡れた目元を拭う新垣。  こんなあとだからか妙にイヤらしい手つきだと感じてしまい咄嗟な口出しが、これだった。ストーカー相手の新垣でも俺の態度は偉いと思うけどな。  意外と普通な接し方だと、思うんだ。――怖いぐらいに。 「……」 「……」  重く、気まずい空気に思わず周りを見渡す。  やけに広い部屋で電気はシャンデリアだ。テレビとか映画とかじゃなく、目にするのは初めてだな……明る過ぎてクシャミでそう。  俺が横になってるベッドは大人の男が二人寝てもまだ余裕あるほどの大きさ。  落ち込んだような表情を浮かばせながら俺の体にタオルケットをかける新垣を無視しつつ、今度はドア方面を見るとギッシリ詰まってる本棚が二つ。  結構大きいが、そんなに本とか読む奴だったっけ?  壁に沿って次の物に目がいけば、十分な広さをもった机。の、上に六台ほどあるモニター。  その中心にはディスクトップのパソコンで、いつ撮られていたのかわからない俺の寝顔がトップ画面になっていやがる。……これはあとで問い詰めるとして、最後は部屋の中心にちょこん、とテーブルとクッションが置かれてるだけだ。 「……おい、新垣」 「ん?」  よくもまぁ気軽に返事が出来るもんだ。 「とりあえず、話し合うから腕と足は解けよ」  それでもまだ怒らずにいる俺ってばすげぇ優しいと思うんだ。これが新垣じゃない誰かだとしたら、どうなっていたか……。犯されたんだから、恥とか関係なく警察突き出してるかもしれないな。  ヤられたからといって警察が相手をしてくれるのかはわからないが。 「ほどく……?嫌だけど」 「は?」  なんだ、今のは幻聴か? は? 「いや、解けよ。お前に拒否権あると思ってんのか?」 「ちょっとはあると思ってるけど。バレたんだ。どうして曲が切れたのかはわからないが、もう我慢しなくてもいいと思うと嬉しくてしかたがないよ。航大はいつもいつもあの“二人”と遊んでて、親友とか言うわりには俺となかなか遊んでくれないし。限界だったから、手紙を書いといてよかった。この部屋は鍵かかってるけど絶対に航大の手足はほどかな――「なぁ、新垣」  語りだした新垣に、自分でも驚くほどの低い声で――鍵かかってるなら解け、強姦野郎――そう伝えた。 「はぁ、くっそ痛ぇ」 「……」  解いてもらった手首は真っ赤な痕を残している。足にもあると思いきやそこはなにも残っていなくてホッとするが、問題は手だもんなぁ……。  もう秋服、といったって暑い時はまだ暑いから絶対に目立つ。そして後ろに回されていたせいか肩も痛い。  くそ新垣め。裏切りにもほどがあるやり方だな。 「……ケツも痛ぇから座れねぇわ」 「航大、俺の膝の上とかは?」 「一番ねーよ」  ベッドの下に落とされてる下着を穿きながら、新垣はテーブルに移動して座ろうか座らないか迷っているみたいだ。  ストーカーの相手が、新垣 元和。  まずはどこから話せばいいんだろうな? 「……まぁ、新垣がストーカーってのも納得いく部分はある」 「ストーカーなんて言い方やめてくれよ」  実際はそうじゃねぇか……!  出してくれた水を飲みながらその言葉も飲み込む俺。  つーか、なんか、こいつの雰囲気も変わったような……気のせいか? 「ここの部屋、どこだよ」  適当な質問からいこう。こんな広い部屋なんて俺、入った事ないかもしれない。十畳……以上はありそうな洋室だぞ。  見覚えのない部屋に俺は寝転がり、高い天井を見続けてる。 「俺の家。で、ここは自室」 「はっ!?でかくね!?」 「そうか?」  ケロッとする新垣にケツの痛さも一瞬忘れてすぐに上体を起こした俺は後悔する。……これ、ケツ裂けてんのかね。てか、まじか……ここが新垣の部屋とかマジかよ……!  あ、よくよく考えてみれば俺って新垣の家とか行ったことねぇじゃん。だいたい俺の家か商店街をうろつくか、ファミレス程度。  この三つのなかでは俺の家で遊ぶのがほとんどなんだけど、考えただけで恐ろしい……自然とストーカー野郎を家に招いていた、ってことだろ?  溜め息が出そうだっつの……。実はホモだった新垣……いや、問題点はそこじゃないな。  あんなに信頼していた新垣が、ストーカーだった、ってところだ。 「……精液塗れの手紙は?」 「おれ」  いっそ清々しい返しだな。  でも自分の精液ならどうどうとつまめてゴミ箱まで捨てれるよな……。 「でもお前の字は汚かったはずだ……あの手紙は綺麗な字だったけど?」 「字体は変えられるんだよ。本当は手紙の方がおれで、ノートの方は頑張って汚くしたから」  ……そりゃまあ、わからねぇよな。字体まで変えて俺に送ってきてたとか。 「おかしな視線も感じてたんだけど?」 「おれだな」 「……」  いったいどんな視線テクニック持ちなんだ、こいつ。  常に隣にいる時も感じとっていた視線なのに。相談ついでに貰ったあのペットボトルも飲み口に舌を入れていたのは、確信犯でやった行動か?  写真も新垣が撮ってたんだ、と考えると……ウザいほど来ていたメールも、非通知電話も、その非通知電話を取ったあの時の息も――全部が全部、新垣からだったんだな。  一回でも出てしまったあの時とか、隠していたつもりなのに新垣にバレてたんだなぁ……。  あ。 「でも、いつだか三つ目の影があったけど……」  思い出すのは初めて新垣が家まで送ってくれた放課後のこと。  マジで男相手にお礼を言うのが照れくさくて、顔も見ずにずっと影ばかり見続けていた、あの夕日のこと。  新垣が俺の名前を呼ぶ中で、俺と新垣の二つしかなかった影がひょろっと三つ目が出てきた。そしてはっきりと“こうた”と呼ばれたんだ。  ねっとりとした声に気持ち悪くて振り返ったけど、誰もいなくて。いても、新垣だけだった。 「あれって、誰の影だったんだ?」  ぼふっと心地良いベッドにまた横たわりながら、考える。  新垣がストーカーなのはあのパソコンを見てすぐに頷ける。……俺の幻覚なる影だったのか?  あー、もう、最悪だ。新垣のせい。幻覚の“影”に幻聴の“こうた”という声。本当に考え過ぎて頭が痛くなる。 「影?……わからないが、やるとしたら協力してくれた人物の影じゃないかな。ちなみに写真も。俺が写っているもの全てはそいつがやってる」  ……こいつ、本当はこんな奴だったのか。 「あー……新垣、ここに立て。んであっち向いてろ」 「……」  蹴ろう。ケツの痛みなんて今は知らねぇよ。  蹴ろう、新垣を!    

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