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新垣 元和という男

  「加藤、お前本当に負けず嫌いにもほどがあるぞ!」 「だって航大が強過ぎるんだよ!」 「いいっつの、伊崎。こいつの好きなようにさせとけ」  俺の余裕そうな声を聞いた加藤は悔しそうな顔を浮かべながら放り投げたコントローラーを手にする。  友人二人とゲームをするのは久々で楽しい。――ケツの痛みさえなければもっと楽しめてたはずだ。  昨日はあれから新垣に家まで送られて無事に帰ってきた俺。いや、無事ではなかったが、帰り道では無事だった。  フラつく足下に気を遣いたかったのか俺の腕を掴んでは新垣の肩に回されて、ほとんど支えられた状態で歩かされていた。  抵抗をしたかどうか、なんてものは聞かないでほしいな。  親友の新垣――と置き換えればそういった行動は感謝するわけで、ストーカーの新垣――と置き換えればもう一回蹴ってでも一人で帰っていたさ。  でもあの時の俺は親友の新垣として家に送ってもらっていたから。なにも言わずに家の中に入ろうとした際、新垣から『おやすみ、気を付けてね』とか言われたが……だいたいはお前の仕業だろうが。  イラッと来て返事もせずに俺は玄関のドアを閉めたのだ。 「航大ってアクション系のゲーム得意だよな」 「俺達ほとんどがアクション系しかやってないからそう思うだけだろうよ」 「伊崎は逆にゲームやらな過ぎだろー。ま、俺はずっと出来るからいいけど!」 「つかこれ、加藤のだろ。……そういえば、航大」  伊崎は加藤に呆れた目でツッコミを入れながら、次は俺に視線を移して名前を呼んできた。ゲームに熱中しながらも伊崎に『んー?』と返事をしたものの……やっぱり怪しい、か? 「なんだその座り方。いや、それはむしろ座ってんの?」 「……」  加藤の方がゲームに熱中しているみたいで声を出しながら俺が操作するキャラクターに攻撃を続けている。俺は俺でその攻撃を避けつつ逃げながら、伊崎から言われた返事を頭の隅で考えてるが……どうしたものか。  両膝を床について座る俺。正座から尻を浮かせたようにして一人、目線が違う俺。  何度も言うけどケツが痛いんだ……。直に座れないんだよ。昨日の今日だぜ?  そりゃ座れないよな、と頭を抱えながら、だけど加藤の家でのゲームスタイルは大きなテレビ画面の前に──直で──座って遊ぶから、すっげぇツラいの。  あいつのせいだ、新垣の。 「あぁぁぁぁ!また負けたぁ……!」 「なに、お尻怪我してんの?」 「……いや」  伊崎の言葉に驚かないよう俺は冷静に首を横に振る。 「この方が、加藤に勝てるからさ」  だが、この言い訳はどうだ?  適当過ぎだろ……!  干渉し過ぎる心配はもちろんない伊崎だが、これにはどう反応してくるか!  けど、さすがに言えねぇからなぁ……あの新垣 元和に犯されてケツが痛いんです、とかさ。  そんな心配もしながら俺側の画面に浮かぶ【WIN】という文字。  こいつ等の顔が、見れねぇの……。なのに、まあ、なんつーか、裏切りを裏切らないのがこの二人だな、って思った。 「なにっ……!?」 「あ、そうか。連勝だもんな」 「……」  早々に納得。簡単に受け入れちゃってる二人だ。加藤にいたっては俺と同じ格好で胡座から膝を床につける始末。  あぁ……俺のドキドキ……!  そこからもう俺の格好にはなにも触れずもう一戦、加藤とゲームを続けたが俺の勝ち。床に膝をつけても勝てない事に悔しがってるのか、それとも普通の負けず嫌いなだけなのかは不明だが、今の加藤はベッドの上で沈んでる。  負けただけで、そんな沈むのか。 「手加減すればよかったかな……」 「それもそれで悔しがると思うけど」  確かに。じゃあ構うのはやめよう。  最初から出されていた茶菓子に手を伸ばしながら一応テレビの電源を切っとく。  シーンッとなった部屋。加藤の奴、息すらしてるのかわからないぞ。 「かとー、お前せっかくの休日で遊んでるんだからそんな拗ねんなよー」 「伊崎にはどうせわからない気持ちだ……」 「うわ、こいつめんどくせぇ」  なんだこの饅頭うめぇな。  ゆっくり、ゆっくりと床に座りながら、スポンジ状の周りに中身がカスタードクリームが入ってる菓子。二人の会話を聞きながらも饅頭を食ってると、誰かのスマホで着信音を告げた。  短い音に誰しもがメールだとわかったみたいで動くこともなく、スマホを触ろうともせずこっちの空間を優先している。が――。 「あ、航大のじゃん」  伊崎が気付いた。  茶菓子の間近に置いていた俺のスマホ。真っ黒だった画面が光って【メッセージを受信しました】と表示されている。  そしてその一行文の下に【新垣 元和】と。 「ほんっと新垣と仲良くなったぁ」  画面で見えてしまったらしい伊崎が口にする。 「新垣?またー?」 「あー……」  沈んでいた加藤も反応。お前はそのままでよかったのに。  つーか新垣の奴、なんでメールを寄越すんだ。特別用事があるわけじゃねぇだろうよ……。 「てかさ、新垣とどんな風に仲良くなったんだ?」 「どんな風に、ねぇ……」  のそのそとベッドからおりては俺と伊崎が座っていたテーブル近くまで迫ってくる。美味い饅頭をもう一つ取り、伊崎は一口チーズを取り、加藤は煎餅を手にして。  ――思い出すのは高校の入学式の時だ。  伊崎とは中学も一緒でたまたま受験した高校も一緒だったから不安はなかった。加藤は高校に入ってクラスもわからない時点から仲良くなり、入学式を迎えて教室に行ったんだが、運悪くも加藤だけ違うクラス。  出会って間もないくせに泣きそうな顔で『遊びに行くから!』とか言うから若干引いた記憶がある。  席も決まってない場所に俺が適当に座った席の前に座った伊崎は体をこっちに向けて、喋っていたんだ。そこで、あいつが来たわけで。 「正直、俺は新垣と仲良くなると思わなかったなぁ」  伊崎が言う。  その言葉に加藤は短く返しながら煎餅を食べているが、俺もそう思っている。新垣とあんな仲良くなって、自ら親友とまで言い、一緒に行動をしていた。 『隣、いいか?』と話しかけてきたのはあいつだ。  いきなり過ぎて、しかも顔の良さに一瞬息を飲みながらも頷いて伊崎と三人で話したのが始まり。  そこから加藤が教室に来たり、逆に俺達が行ったりと仲良くなっていくものの――二人が知らないところで俺は新垣から話しかけられていたんだよなぁ。  やけにグイグイ来る奴だな、とか思いながらもノリはいいし面白いし、俺からしたらなかなかの存在に行動することも苦じゃなかったんだ。  イケメンで嫌味のない人。  一年の時はそこまでで、二年に上がればまた同じクラス。伊崎ともだ。そんでもって加藤とも。  新垣からどうどうと喋りかけてくるようになったのは、二年に上がった今年からだ。  二人との間を遮ってまで来ることも多々あったが――結局そこまでの話しであり、とくになにかしたとか、されたとかもなく一年の時みたいに仲良くなっていった。 「夏休み明けか?そこからグッ!と距離が縮んだよな?」 「距離とか言うなよ加藤。でもあのイケメン、航大の事好きだったりして」 「あの新垣がホモで迫られたらどうなるんだろうなぁ」  そして二人は『あはははっ!』と大きく笑いながら飲み物を飲んでいた。しかし、それは冗談じゃないから、俺は笑えねぇ。 「でも、これ噂なんだけどさ」  満足に笑ったのか加藤は食べ終わった煎餅の袋を手遊びで畳みながら話し始める。 「あいつ、中学の時は不登校だったみたいだぞ?」 「ふーん……?」  俺と伊崎は顔を見合わせて、首を傾げるしか出来ない。それでもそのまま、噂話はどこまで信じてどこから信じちゃいけないのか『わからないが、』なんて付け足しながら加藤は話す。  どっかの全寮制学校に入学したんだけど、急に寮を抜けて実家に帰ったとか。それを知った寮長を始めに教師達も探すわ新垣に連絡するわでちょっとした騒動になったようだ。  数時間後に実家から学校に連絡が来たみたいでしばらく休むと一言、親が伝えたと。  それから卒業するまで来なかったらしい。 「そこ進学校だったんだけど、まぁ当たり前に高校なんか進めねぇよなって思ったんだけど。まさか今の高校に顔を出すとは思ってなかったなー」  加藤自身そこまで知らない話だからか簡潔に言われて終わったんだが……新垣のやつ、そんな過去持っていたのか。 「誰から聞いたんだよ」  スマホを手にして加藤に聞く俺。加藤は『一年の時、クラスの奴から聞いた』と答えていたが、そこまで広がってる話なのか?  つーか、急に寮を抜け出して学校まで休むとか……あんな奴でもイジメに遭うなんてものがあるのかね。だとしたら世の中がわからん。  とりあえずイケメンなら許される世界になってるんじゃねぇの?  違うのか。  ロック画面を解いて表示されるメールアイコンをタップしたあとやっぱり新垣の名前で、つい眉を顰めてしまった。  友人二人と遊ぶことは伝えてないが、昨日の出来事を思い出すだけで気分が落ちるから連絡してこないでほしいのが俺の本音。  もしくは、月曜日まで待ってて学校で話せばいいものの。 「へぇ、新垣も大変な中学時代だったんだな」 「大変かはわからないけど、本人にしか知らない思いもあるんだろ」 「うっわぁ、航大聞いたか?なんか加藤が変に大人びててヤバいんだけど」 「おい!それどういう事だよ!」 「……」 「航大?」  なにも反応しない俺に、顔を向けている二人が視界に入る。  だが今の俺はスマホに目を向けているためちゃんと把握出来ていない。  出来て、いないんだが――ゲーム、すごく楽しそうだね。その茶菓子も今度買ってあげるから、家においでよ―― 「おぉ……航大の顔が怖ぇんだけど……」 「怖いっつーか……困惑してるっつーか?」  加藤の表現も、伊崎の表現も、間違ってはない。……あいつ、立派なストーカーじゃねぇか。  いや、ストーカーだってわかっていたことだが、マジもんのストーカーじゃねぇか……なんで茶菓子まで知ってんだよ気持ち悪ぃ。  加藤の話もどこかで耳に入ったかな……。  いや、それより連絡を出来ないようスマホの電源を切ろう。 「はあ……この茶菓子まずっ」 「えっ!?」  これ、もうどんな過去を持っていようが関係ないな。新垣 元和という男は――問題ばかりある男だ。  

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