12 / 42

ストーカーとの朝

   朝から肌寒い。十月半ばにもなれば季節も変わりはじめるか。むしろ遅い方なのかなんなのか……あぁ、鳥肌も立ってるわ。もう冬服でいいかな。 「航大ぁ、新聞取って来てよー」  自分の部屋で制服と睨めっこしていたら一階から母親の声で俺の役目を口にしながら呼んだ。  そうだ、まだ今日は見てなかったな……そう思いながらとりあえずブレザーはまた今度にしてカーディガンを羽織る程度でいいか、と判断した俺はYシャツのボタンを留めつつリビングに向かう。  急ぎ気味で階段を下り、リビングが見える廊下を通ったあとに玄関。  この家の構図は朝のリビングのドアがだいたい開いてて丸見え状態だ。通りすがりで両親を見れるから、そのまま『おはよう』と言える。  そんな感じで今朝もチラ見しながら二人を目に入れた。 「おはよ」  俺の挨拶に反応するのは母親で、次が父親だ。  なのに、今日はおかしい。 「あのNI-GAKIメーカーさんの息子さんだったのか」 「やだ、カメラ中心を開発してるところだっけ?」 「そこの息子さんとうちの息子が親友同士だなんてなぁ」  なんの話だ?  聞こえてくる両親の会話。思わず足を止めてリビングに顔を出す俺。  なんか、ちょっと、嫌な単語があったというか……。 「航大ってば口悪いでしょ?すみませんねぇ」 「恥ずかしいばかりだ……」 「いいえ、航大とはこんな僕とも立場や会社関係など気にせず接してくれているので、嬉しいんです」  そう、爽やかな朝に似合う笑顔を浮かべて言った――ストーカーはちゃっかり家のリビングに居座っている。 「なっ、なにしてんだ……」 「あ、航大、おはよう」  呑気に挨拶なんてしてんじゃねぇよ新垣。  学校の制服を身に纏った新垣はいつものダイニングテーブルにて、いつも通りの朝ご飯が並べてあり、いつも通りの席に座る父親は少し嬉しそうな顔で俺に手招きをしている。  あまり近付きたくはないが、それはそれでまた両親の目も気になり、おかしな行動は出来ない。母親も母親で父親の隣の席がいつもの席であり、おぼんを隅に置きながら多分……今までに見た事ないような笑顔で『おはよう、航大』と言ってきたが……なんなんだ。 「……」 「航大、どうしてはやくに新垣君を紹介してくれなかったんだ?」 「そうよ航大……最近、遊んでいたのがNI-GAKIメーカーさんの子なんて聞いてなかったわよ?」  リビングに完全に入り込んだ俺は早速言われ放題。が、しかし、よくわからない事も言われて俺はどうすればいいかわからなくなっている。  父親と対面式の席で座る新垣に、俺が座れる椅子といえばその隣しか空いていなかった。  当たり前だ、これは四人席なわけで四人しか座れない。椅子を余分に持ってくればギリギリ六人は座れるだろうが、そんな機会がなければ今後もないだろう。  加藤と伊崎が家に来てもここで飯を食う、なんてのもないから。 「すみません、僕が挨拶をしなかったあまり……」  動かずにいれば新垣が母親に向かって反省したかのような表情を浮かべながら謝る。それにたいして母親は大きく手を振りながら『そういうつもりで言ったわけじゃないの』と口にしながら首まで横に動かしていた。……僕、って。 「よくお邪魔させていただいた時はお父様はもちろん――」  はっ、お父様? 「お母様もいない時が多かったので、手土産も持たず……失礼しました」 「なっ、違うのよ?」  いや、待てよ。否定するところも違うと思うぞ!?  なんだ、お父様とかお母様とか……あいつは俺の親の前でなにを目指しているんだ!  つーか親父も微笑んだ顔で新垣の話を聞いてるなよ!  疑問に思う事があるだろうに……! 「航大、いつまでそこにいるんだ。座りなさい」 「や……でも親父、新聞まだ取ってねぇぞ……」 「いいから、ご飯も冷める」  なんだ、なんなんだ……!  よくわからねぇけど新垣にどこか飲まれてないか……? 「……くそ新垣」  かなり小声で呟いた言葉も両親の耳に届いてしまったらしく、朝から大声で『航大っ!』と二人に叫ばれた。悲しい朝の始まりだ。  作り出されてる俺の飯に、隣を見ればカットされた瑞々しい梨が置いてある。新垣の目の前に。  梨とか俺の好物なんだけど……なんでこいつの目の前にあんだよ。  ちょっと不貞腐れそうになったが、よそられたご飯を受け取って、いただきますをしたものの、やっぱり梨に納得がいかない。つか美味そうだな……。 「食うか?好きなんだろ?」 「いらね」  とはいえ、新垣から貰うのは癪に障る。  しかも、好きなんだろ?とか――俺お前に梨が好きなんて言った記憶ないからな。口調も安定していなくて誰が誰だかわからなくなる。  いや、新垣と話してるわけだが。  目の前で母親が父親に時間を伝えて『遅刻するわよ?』と言えば慌てながら立ち上がり、父親は新垣にまた来るよう言いながら上着のスーツを羽織って玄関に向かったのだ。  慌ただしくてごめんなさいね、なんて苦笑いを浮かべながら言う母親は父親が食べきった食器をおぼんに乗せてキッチンへ行く。  小声なら、聞こえないだろう新垣との会話。 「お前なにしに来てんだよ……」 「一緒に学校へ行こうとしてるだけだよ。いつもそうしてたじゃないか」 「それはお前がストーカー相手だって知らなかったからだろ」 「わかったからって、別々で行ったらまた被害に遭うかもよ」  俺の目を見て、上がる新垣の口角に不気味を覚える。梨をフォークで刺した後、二口ほど食べた新垣は、 「はっ――んッ」  残った一口分の梨を、俺の口のなかに入れてきた。 「なぁ、べっとりとそのフォークを舐めてよ。航大と共有出来るなんて、嬉しいから」 「っ、ざけんな……!キモい」  鼻歌交じりで食器を洗う母親に、バレないよう新垣の腕を掴んで口に入ったフォークを抜かせては足を踏みつける。音は立たないし相手に多少のダメージはくらえるだろ。  タフな相手なら効くかどうか知らないが、気持ち的にさ。 「足……可愛い抵抗だね」 「……お前、どっちが本当の性格だ?」  タフ野郎だった……。  そういや、どういう事だ。NI-GAKIメーカーってなんだ。会社ってなんだ?  聞きたい事が山ほどありやがる。  口のなかに入れられた梨をしょうがなく噛み砕きながら両親と新垣が話していた内容を思い出す。  なんだかんだで俺はこいつの事をよく知らないとか、どんだけ興味なかったんだろうな? 「おい、NI-GAKIメーカーってなんだよ」  さっきの気持ち悪い行動は水に流すとして、今ここにいる、わけがわからなくなった新垣に話しかける。すると新垣は言った。  俺の父親の会社だと。 「え、なに、新垣の父親って社長さんとか?」 「まぁ、そうだね。実際その会社を建てたのは俺の曽祖父からなんだけど」  ほう……そりゃでかい家に部屋に、風呂も気持ち良かったわけだ。  急に思い出すあの時の風呂場。十分な広さにシャンプーリンスも意味わからず五種類ほどあった。  シャワーだけなのにリラックス出来ていたような気がするあの空間は犯された家の風呂場なのに天国だと思っていた。他の部屋も大きいんだろうな。  まぁ、それとこれで金持ちに繋がるっていったら、俺はよくわからないんだけど。 「なあ、お前のストーカーの協力者ってさ……」 「父親の、そうだな……秘書っていえばいいか」 「……」  少なくとも、新垣家で佐倉 航大をストーカーしてます、と知ってるのは秘書なんだな……。なんかもう……ついていけねぇわ。  食欲もそんなになかったのが、今は完全になくなってる。ほとんど手に付けてない飯に心の中で母親相手に謝りながら立ち上がれば、新垣も同じタイミングで立ち上がった。  いいよ、もう。一緒に学校行ってやる。ストーカーが新垣とわかってるからか、たまにおかしなほどの余裕がうまれる。  なんだろうな、これ。 「……」 「……」  一緒に立ち上がった新垣は、笑顔のまま。 「……母さん、俺もう行くぞ」  キッチンにいる母親に声をかけながら、俺の目はずっと新垣を見ている。  朝から似合う爽やかな笑顔も、俺の前じゃニヤついた顔にしか見えない。どうしたもんか。 「なァ、このフォーク貰っていい?」 「あげるわけねぇだろ……」    

ともだちにシェアしよう!