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容赦ない精神面
そもそも英語が出来なくてもいい。日本から出なければとりあえず問題ない。
加藤が言って、それを伊崎が『幅狭くなるぞ』と答えた。つまりはどういう事だ、と加藤となんとなく首を傾げてみたが――将来の話しに繋がっているんだろうな。就職先の範囲。
だけどそんなの加藤に言ったってしょうがないから、結局ループする話題に埒が明かず他の話に変えたっけ。
今の授業はまさに英語だ。ほとんどの奴等は意味を理解せず、なんかもう黒板の文字をノートに写しとけばいいや的なノリでせっせとペンを動かしている。
俺もその中の一人なわけだが、だんだんとやる気というものが削がれてきて最初との勢いが半減。もうここまで来たら加藤か伊崎のノートを借りようかな、と甘い考えまでしてきたから危ない。……眠いんだよ。
昨日の夜、遅くまで、隣席である新垣 元和と電話を付き合ってやったから。
「……」
「……」
一瞬だけ視線を新垣にやれば調子に乗ってるのか頬杖をついてペンなど持たずに前を見ているだけだった。窓側席の新垣。しかも一番後ろという特等席。
まぁ俺も新垣の隣で後席の方だからあまり変わらないが、それでも新垣の席がペストポジションだと思っている。だって隅っこだぜ?
英語の担当教師はおじいちゃんだ。生徒からはもう祖父として扱われてて、逆にあの教師は俺達を孫扱い。ほとんどが好意を持って接してるんじゃねぇかな。
一部の不良だと分類される奴等もあの教師には可愛くも懐いてる姿を俺は何度も目撃しているし、じいちゃんパワーなのか、それとも教師というカリスマ性があるのか……興味はないがそんな考えもする。
――でも、昔はすごかったみたいだから。
伊崎がなんか言ってた。
なにがすごかったかなんて聞く必要があったかどうかはわからないが、昔はとにかくすごかったらしい。あんな優しそうな面してるくせに。
「……っ」
それでもって俺は、我慢の限界を超えている。
「……はあ」
繰り返される視線に半減していたやる気も動かしていたペンを止めて溜め息。
なにがって、新垣からの視線が、うざい。こう言っとけば伝わるだろうか。
教科書を忘れたと言う新垣におじいちゃん教師は『じゃあ佐倉、貸してやれ』と、机をくっつけざるを得なくなったのだ。近くなった距離。教科書を忘れたのは嘘だと思う。
そして俺が黒板に目をやれば新垣は俺を見る。視線を感じて新垣を見れば前を向いていて、頬杖付く腕もそのまま。三回以上続くとどうだ。うざいだろ。
もともと出し切ってのやる気なんて下がれば下がるほどの気持ちは一気に落ちるだけだ。
今の俺がそうであって、人のせいにするなら、新垣のせい。
なにが楽しくて俺を見ては目が合わないように逸らす?
今さら“俺はストーカーじゃない”雰囲気を出されても困るだけだ。
なんだかバカらしくなってきて俺は離したペンを持ちながら再び溜め息。だが、その瞬間だ。ヌッ、と左手の甲の上に重ねてきた――新垣の手。
触り方が気持ち悪過ぎてギョッと見ては舌打ちをかます俺。
エロいことなんてあの日以外したことなかったがすぐに思いついたのは、エロい触り方。
握る新垣の右手は俺の指の付け根を触ってきたり滑るように指の隙間を撫でてきたり。しかもゆっくりじっとり触ってくるから鳥肌が立つ。
この授業が終わるまであと五分はある。……耐えるべきなんだろうな。ここで喋ったら俺が恥をかくに違いない。
どうした佐倉、なんて言われて『新垣が俺の手を握ってくるんです』とか笑い話には出来るだろうが……俺としては恥だ。
「……」
「ふっ……」
それでもこいつに笑われると――しかも鼻で――腹が立つのは事実。くっそ、本当に殴りてぇ……。
「今日の範囲はここまでだな。でも時間余っちゃったなぁ」
突然、耳に入ってきた教師の声。それと同時に『いえーい!』とクラスメイトのほとんどの声で教室は盛り上がる。
チャンス。
「てめぇなにしてんだよ……」
それでもなるべく小声で、だけど新垣には聞こえるように言えば、変わらず良い笑顔で言い訳を始める。
「だって、ここに航大の手があるから」
今度はその骨ばった大きな手で俺の手を掴んでは両手で包み込むように触ってきた。
気遣いか、それともたまたまなのかは知らないが机の下で周りには見えないように触ってきたのだ。
「ちょっ、おい、ばか……!」
おじいちゃん教師と孫生徒達がはやく終わりにするか、まだ続ける形で教師の話を聞いてるかのどちらかを選んでいる時。俺と新垣だけは全くの別世界にいるような空間だ。
その握られた手は新垣の指であらゆるところを撫でられる。とめていた袖口のボタンを外されては滑り込ませるように手を入れてきて、肘まで到達。
こそこそ撫でられるそこはくすぐったさとあまり経験のないような痒みにビクッと体が小さく跳ねた。
その瞬間みんなに見られたんじゃないかと思う羞恥心に苛立ちを覚えて、また新垣の顔を見ると微笑んでいるだけだった。
「好き、こうた」
「はっ……ん、」
前を向いていた体はこっちに向かせて、腰を折ってまで頭を下げた新垣は腕の内側に舌を這わせてきたのだ。
「まじでやめろって、にーがきッ」
「んん……」
周りはバカみたいに騒いでいる。
「……っ、吸うな」
「こーた」
窓側の一番後ろの席。
前席の奴等は騒いでて俺達の方を向こうとしない。
新垣のその熱くて柔らかい舌は這って、たまに噛んできて、どうにも出来なくなる。
「んっん、はあっ」
「こた、好きだ……」
挙句の果てには椅子からずり落ちるように膝を床について、さらに袖を捲られて舐められる。同時に、授業の終了チャイム。
騒ぐだけ騒いだ孫生徒達はさらに声を上げてもう動物園だ。動物園といえば、ここも同じだろう。
「ばかたれ、離せ――」
それでもやめようとしない新垣は夢中で舐めに舐めまくってて気持ち悪い。気持ち悪いから右手で作った拳で新垣の背中を殴り、頭を押さえて離した。あと肩も蹴った衝撃で椅子ごと大きな音を教室内に響かせていた。
もちろん、騒いでいた動物園クラスメイト達から注目を浴びるわけで――その先は、新垣。
だから俺が言われるとしたら、
「うわっ、佐倉、新垣の奴どうしたんだ?」
「あははー!新垣華麗にすっ転んだー?」
新垣の状況だけ。
経験した事のない感覚を誤魔化しながら笑う俺はなるべく作った笑顔で『知らねぇ、急に落ちやがった』と言っとく。
危ねぇ人間だ、こいつは。
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