14 / 42
居眠りBGM
「……」
「……」
「……」
今はどんなBGMが似合うのか、だ。
「ん、んん……」
場違いな寝息を消す、BGM。
誰かの寝息までの流れはこうだった。
三階のとある空き教室。加藤と伊崎と俺といういつもの三人で自習をサボろうと話していた。
授業が始まるほんの数分前のせいか周りに生徒がそんなにいなくて、だけどどうどうと歩くわけにはいかない俺達はさっさと鍵が開いてるその教室に入った。
最後までドアを閉めて、あとは見えないように座っとけば問題なし。普通の授業に三人の生徒が教室にいなかったらそれはそれで問題だから自習の時にしか出来ないこと。
だから毎回しょっちゅうサボっているわけじゃないからな。
で、まぁ……なに、そこまではよかったんだけどさ。
「あれ、三人もサボり?」
こんな声が聞こえて、俺以外の二人は『先客だ』とか『同じか』なんて笑い話をしていた。その先客が、同じサボりをしようとしていた――新垣 元和――なわけだけど。
場所も同じとか偶然だな、と新垣がまた揃わない口調で加藤と伊崎に言っていた。しかも爽やかな笑顔で。
二人も同意して新垣のそばに近付いてはその辺に腰をおろしていた。それに俺は伊崎から声が掛かるまで近付こうとしなかったのだが、ナチュラルに新垣の隣に誘導されて座るハメになってしまったのだ。
こいつは偶然この場を選んでサボりに来たわけじゃない。俺の行動を知って、把握したうえでの計算なんだ。
開き直る新垣とは最近よく一緒にいるからな。ストーカーだと判明する前のあの時より一緒にいるから。これってどういうことなんだ……。
それから自然な流れで――というか、これが普通なんだろうが――新垣も混じった四人で会話をしていた。俺とも話が合っていた新垣だから、もちろん加藤や伊崎とも話が合う。
あとから知ったことだが、二人は新垣とちゃんと喋った機会はこれが初めてだったそうだ。嬉しそうな顔に俺もほっこりする……なんて表現はやめておこう。こっちが恥ずかしい。
しかし……今考えれば俺と会話が合っていたのは調べに調べまくった結果だったのかもしれない。が、気付かないフリをしよう。
いつだか父親が、人間は気付かないフリも必要だって言ってたから。
喋っていれば時間も過ぎ、使われていない教室でスピーカー音をオフにしているここはチャイムが鳴るわけない。
耳を澄まして他から流れてくるチャイムを聞きながら教室に戻るのがサボりの終わらせ方なんだが、時計を見てそろそろ授業が終わるなぁって思っていたのがいけなかったみたいだ。
「あぁ……ちょっとクラクラするな……」
俺は俺であまり喋らず新垣と顔を合わせずにいたんだが、二人と喋っていた新垣が頭を手で押さえてなにかを訴えてきた。
クラクラする……?
「おいおい、大丈夫か?」
それを心配する伊崎と喋らせていた口を塞ぐ加藤の顔は心配そうなものだった。
面倒な事になってほしくねぇな、と隅で考える俺も一応、確認がてらで新垣の方に首を向かせる。
「悪い、昨日ちょっと手伝いをしてて……」
「手伝い?あー、親とかの?」
加藤の問いに頷いた新垣に返事をしようとした瞬間、
「うっわ……ッ!」
「航大、リアクションでかすぎだ」
新垣が俺の肩に体を寄せてきてはぐったりと体重をかけてきた。
俺達の事情を当たり前に知らない二人からしたら本気で新垣を心配しているわけで、俺の反応はただの不愉快極まりないものに見えたんだろう。
でも、どこか違うような気がしてならない俺はくっついてきた新垣を不信な目で見る事しか出来ない。しょがねぇだろ……。
「あ、そうだ、航大。ちょっと膝貸してやれよ」
「はっ!?」
突然、加藤の提案。
それに続いて伊崎も名案だというように首を縦に動かしながら『やってあげたら?』なんて言ってきやがる。――ちょっと待てちょっと待てちょっと待て!
お前等それでいいのかよ……目の前で男の膝の上に男の頭を乗せる図が出来るんだぞ!?
反論したくてたまらなかったがあまりにズレた加藤の思考に驚愕してなにも言い出せず、なにも出来ない。
「じゃあ、そうさせてもらおうかな……」
知らないうちに話が進んだのか、胡座をかいてた俺の片足に頭を乗せてきた新垣。
動揺はするものの関係的に悟られたくない俺からしたら、また大きなリアクションなど出来ずに大人しく新垣の枕役を俺の足がやってあげていたんだ。
なにかされるかもしれない。
そんなドキドキを抱えながら表には見せず、平常心を装って二人と残りの時間を楽しむ会話をしていた──ら、本当に静かな新垣が恐ろしくなって顔を見てみたんだ。
そんで、まさかのガチ寝。――以上の流れがBGMという名の新垣の寝息。それでいて実はもうチャイムが鳴っていたりする。
はぁ……寝顔だけ見ればストーカーしてたなんて思えないほどのものなのに、勿体ねぇな。
後ろに手をついてなにげなく気を遣う膝枕はなるべく平行にしておこうと乗られてる腿を伸ばす気分でいる。見える顔は俺の方を向いてて嫌でも目に入るイケメン面。
マジックペン持ってきてもらおうか。それで落書きなんてものをすれば嫌でも帰りたがるだろうよ。そしたら今日の俺の学校生活は平和になるんだ……今日はあと少ししかないんだけどな。
「次どうする?」
「つーか新垣をどうすんだよ……勝手に決めやがって」
「んな怒んなよー。それに見てみ?この気持ち良さそうな顔!どんな手伝いをしたのかはわからないが疲れてんだよ」
新垣の顔を覗くようにして言う加藤。お前は誰目線でそんな事言ってんだ?
にしても本当にこいつをどうするべきか……。二人がいる手前、乱暴は出来ない。見られたら尋問に近い事をやられて吐かされるに決まってる。
そうなったらまず俺の身が危ないからな。
別にストーカーであった新垣を守ってるわけではない。人生にいるのかいらないのか全くわからない、プライドというものが邪魔しているだけだ。
「でもずっとこのままってわけにはいかないだろ……」
なんとなく新垣の額に手を置き、軽く押すような感じで触りながら口に出す。
「んー、じゃあ航大、お前もう一時間サボっちゃえよ」
はい?
「加藤、それはいくらなんでも航大が可哀想というか……新垣も可哀想だぞ?」
「俺達がノート取ってればオールオーケーじゃね?」
「新垣にノート見せるとか公開処刑だな……」
二人が話を進めるなか、俺の意見も取り入れてほしいと思う。
まあ、思うだけでこうなった加藤の場合は聞いてくれないし、伊崎もそれを理解してなんとなく合わせながらも俺を助けてくれようとしているからなぁ。
どのみち俺が新垣と“二人きり”になりたくないし、こいつの頭カチ割ってでも教室戻るけど。
そんな考えをしていると、はやくも次の授業が始まるチャイムが鳴っていた。二人の耳にも入ったみたいで、膝の上になにも乗っていない加藤はすぐに立ち上がり、流れるように伊崎の腕を掴んで立たせては俺を見下している。……すげぇ嫌な予感なんだけど。
「じゃあ、そういうわけで航大さん、新垣さんのお世話よろしく頼むぞっ」
「わっ、ちょっ、加藤!」
それはもう、スタートダッシュよりもすごいダッシュをする勢いで走り出した加藤と連れられて行く伊崎。開けたドアは雑だったくせに律儀に閉めてくれた時は静かで呆然とした。
つーか早速、嫌な予感的中じゃねぇか。
「マジかよ……」
いなくなった二人に溜め息を吐いて寝ている新垣とどう過ごそうか考える。正直こんな無防備な新垣は、ストーカーが発覚してから初めてだし。いないも同然、平和過ぎる今が幸せなのかもしれない。
なんて、わけのわからない考えをしているのはいろいろありすぎたせいだろうな……はあ、溜め息が止まらねぇや。もうこいつ置いて俺も戻ろうかな。
「やっと二人きりになれたね」
「……っ」
さすがに、驚く。
「急に喋んな……いつから起きてた?」
「ついさっき、航大が俺に触ってくれてた辺り」
あー……額に手を置いた時か?
だとしてもあの二人がいなくなったその直後に喋りかけてこないでほしい。心臓飛び出るかと思ったわ。
起きた新垣は退いてくれるんだろうと思いそのままにしていたが一向に起きようとはせず、むしろ体勢を変えて仰向け状態から横向けになっていた。
しかも完全に顔は俺の方を向いてて、額に置きっぱなしだった手を握ってくる。教室の時みたいにならなきゃいいが……というか、近い。新垣の顔と俺のモノの位置との距離がとてつもなく近い。
反応するべきか、ほっとくべきか……出来ればほっときたいんだが、なにかしそうだしなぁ。
さすがに学習してるっつの。
変態的なものをされてるわけで、それを毎回毎回予測出来ないほど俺はバカじゃない。
「加藤と伊崎とは本当に仲が良いんだな」
「……やっぱり最初から寝てないだろ」
「寝てたさ」
頭を乗せている太腿をゆっくり撫でてくる。
「でも、三人の会話はところどころ覚えてる」
「はっ。良い奴だとは言っていた。……ただそいつはストーカーしてましたって聞いたらどうなるか」
俺は鼻で笑いつつ、撫でていた新垣の手はいつしか止まり、目が合う。
「俺自体はどうバレても構わない」
上がってきた手は顔に近付い。
随分と言い切ったものだ。どうしてこんな俺をストーカーしたのかがわからねぇ。俺のストレスを溜めさせる嫌がらせか?……それにしても、行き過ぎたものだと思うが。
考えながらも頬に触れられそうな新垣の手を掴んだ。なにされるかは知らないが、たぶん変な事をしようとしてるんだ。過剰な予想をしないと手遅れになりそうだからさ。――あ、既に手遅れとか言うないよ。
「この手はなんだ」
「言ったらその通りにしてくれんの?」
――んなわけねぇだろうが。
新垣の言葉で眉間にシワを寄せながら嫌な顔を浮かべた。するとさすがに気が付いたらしい新垣は苦笑いして、こう言う。
「ね、しゃぶらせてよ、航大のココ」
掴まれていた手は優しくほどかれて、変わりにその手が制服越しで俺のモノを擦っていた。
ともだちにシェアしよう!