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仲が良ければそんなもの

  「航大、新しいドレッシングは冷蔵庫にあるからね」  母親から言われて、朝飯に出てきたサラダに使い切ったシーザードレッシングの瓶をテーブルに置いた。  十月も残り数日。涼しさを取り戻してきた日本も……と、四季を堪能する暇なんて与えず一気に冬が来たような気がする。暑さより寒さを苦手とする俺からしたら暖房をつけたいぐらいだ。怒られるからまだつけないけど。  秋とはいったいなんなのか。  サラダにパン、ベーコンエッグにスープと揃うテーブルから立ち上がり、冷蔵庫に向かう。いつもと同じラベルを見付けては手を伸ばして椅子に座れば父親が大袈裟に咳払いをしてきた。なにか詰まったのか。まぁ気にしないけど。  もう十月カレンダーも捲らなきゃなぁ。この家ってば二日、三日前には剥すからその時期になればスマホで生活する時間。ルーズというか、やりたい放題というか……。  別の考え事をしながら王道にイチゴジャムを塗ったパンにかじりつく。  学校も学校で、俺の中のストーカー事件は解決という流れに持っていくつもりだから嫌じゃないんだけどさ、嫌じゃないんだけど……はあ。  思い出すのは先日のこと。  なんで学校で疑似セックスなるものをヤらなきゃいけなかったんだ。あの後なんて信じらんねぇかもしれないが放課後までずっとあの教室にいたからな。……ずっとはヤってねぇけど! 「航大、ちょっといいか」  思わず親にもわかりやすいぐらいの溜め息を吐きそうになった時、親父が話しかけてきた。  とくに興味もなくパンを食いながら『んー?』なんて返事をすると、やけに真面目そうな声で、こう言ってきたのだ。 「来週から七泊八日、結婚記念日として海外旅行へ行くわけだが……」 「オーストラリアに決まったのよー」 「……」  ん?  この二人はいったいなんの話をしているんだ。結婚記念日?……あぁ、そういえば十一月だったか……来月、いや――数日後。  つーか、来週! 「いやいや!俺、聞いてねぇよ!?」 「え、やだ、先月言ったでしょ?」  母さんの、おかしいわね?という表情に親父の首傾げで俺は混乱。先月に言った?  俺の記憶では全く一切なにもそんな話をされたことないんだが……あ。 「それで航大はこの家では一人になるから。いや、さすがに心配はしていないけど、一応ね」 「あー……」  先月って、まだストーカーについて悩んでた時でもあったから結婚記念日の記憶がないのかもしれないな。五年ごとにその記念日を過ごしているのは事実。  今年、二十五周年なわけで、だいたい一ヶ月や二ヶ月ぐらい前から俺に報告してくれるんだ。そうか……来週か。 「確かに、言ってたな……俺は大丈夫。伊崎とか加藤もいるし」 「え、やだ、他行くなら手土産用意しとかないと」  話が終わったと決め込んだらしい親父はもうすでに黙っていてご飯を口にしている。母さんは急な伊崎達の名前にあれよこれよと考え始めてるのを見ながら俺も残りを食べて、学校。  もちろん家の前にはちょうどインターフォンを押す瞬間の新垣がいたわけだが、もう気にしない事にしたのだ。 「あ、それでさ、」  そんな学校も表上なら誰も、俺と新垣が素股をやったとか、咥えられたとか信じるわけがない。  俺が加藤と伊崎の三人でいちゃえばいつも通りだ。  新垣が他のクラスメイトに呼ばれて廊下を出た隙を見計らった俺は二人に話しかける。 「なーにー」 「あんま加藤には用事ないんだけど」  加藤の『ひどい!』という大声につい口を手で塞ぎ、舌を打てば伊崎が思い出したかのような顔で、あぁ、と呟いた。 「今年は結婚記念日の旅行年か」 「っ、はっ、結婚記念日……?」 「そうそう。なにもかも面倒になったら伊崎の家に押しかける。手土産は饅頭だったかな」  中学の時に伊崎には話した事がある。  その時は伊崎家で世話になろうかな、と笑っていたが意外にも伊崎家はノリノリで楽しみにしていると受け入れてくれたのを覚えている。  これを機に母親同士が仲良くなって交流がさらに深まった、というエピソードもあるが今はいらないだろう。  相変わらずラブラブな両親にドン引きする思春期な俺だが、喧嘩しっぱなしも困るからな。次の五年後もヨーロッパ辺りで旅行してくれてれば、と願う。 「いいなぁ、その時は俺にも連絡くれよ」  もう塞がれていない加藤の口は羨ましそうなもので、ぷくっと頬を膨らましている。 「飯食いに行くだけだぞ?泊まんねぇよ?」 「俺だけ除け者扱い……」 「……」 「……」  あれ、こいつこんな面倒な性格でもあったっけ。  めんどくさい加藤にも結局、伊崎が二つ返事でその時が来たら連絡すると落ち着かせたその場で、運良く新垣が教室へ戻ってきた。  こっちもこっちで話が終わったところだし、ちょうどいいタイミングで神かかってる。  なるべく新垣の目と合わないように俺は加藤と伊崎の方を向いたまま――今までテレビの話をしていました――と思わせるためにも急な話題変更をしたわけだが、二人は一瞬止まって、ノリを合わせてくれた。  やっぱ今日の運は絶好調にもほどがある日だ。 「なぁ、航大」 「あー?」  最後の時間の数学。疲れ切った学校の一日の締めがもっとも頭を使う数学なんて最悪だ。でも教師は優しいから好感はあるんだけどな。 「放課後、話があるから残ってて」 「……はぁ?」  新垣の言葉に、いつもと同じ反応をする俺。というか、ストーカーをしていたとわかったその日から随分と雑な扱いをしてきたと思う。――が、俺にはその雑に扱ってもいい権利はあると思っている。  実を言うと周りからの目が変わったというか……こんな俺と新垣の関係を見て頭にハテナマークを浮かべる奴等が増えてきている。  たけどそんな俺達二人についてどう言われようがなんだろうが、新垣の整った顔を殴れるし、いろいろな関係性を予想する者どもに否定を出来るなら、したい。  あの頃のような恐怖に怯える意味はもうないわけだ。  新垣が言う放課後の話も、その時その場で蹴れる。 「とか言っても、一緒に帰るから航大は逃げれないんだけど」 「……」  とんでもない笑顔で言うから、俺も思わず苦笑い。  蹴れるはずなんだが、相手が相手だから俺の力だけじゃ無理そうだな……。  

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