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懐いて壊して懐の刷り込み術

   一週間ともなれば荷物は多くなる。ましてや海外行きなんて俺が予想する以上に重そうな荷物を、ただ見る事しか出来ないんだ。  楽しみにしているならそれでいい。  母親が精一杯おめかしなんてして、息子ながら綺麗だという想いも、父親がその相手――母親――をエスコートするために腕を組ませる行動も、照れながらも隠して余裕ぶる。  結婚して二十五年の二人を見るのはとても気持ちがいい。  いい年して照れるなよ、とか思ったりもするがやっぱり仲が良いのも結果としては“良い”ものだからなぁ。オーストラリアの土産はいったいなんなのか。  そんな俺の楽しみを最後、見送るため玄関まで足を運んでいた。  母さんと親父の片手にはそれぞれのキャリーバッグ。手持ちであるバッグも肩にかけて、父さんも見た事ないバッグを持っている。  ただオーストラリアは日本と真逆の季節だからなぁ。日本のこっちが肌寒いと感じてもぶっちゃけ半袖とかでいける日があるから、あっちはまだまだ寒いんだろうよ。  そのせいで荷物もかさ張ってるのか?  どっちにしろ――。 「どうか、気を付けてくださいね」  俺の気持ちは限りなくマイナスだ。 「ありがとう、元和君の家にお世話になるなんて……ねぇ、あなた?」 「そうだな、どう恩を返そうか……もう少し待っててくれたら嬉しいよ」 「そんな、結構ですよ。僕の数少ない……いや、恥ずかしい話、僕には航大君しか友達がいないので。僕自身、楽しみでしかたがないんです」 「航大で嬉しくなるならどんどん誘ってやってくれ。航大も嬉しいよな?」  これまた見た事のない親父の笑顔。  ぶすくれた顔を晒しまくってる俺に母さんは腕を組んだまま眉間にシワを少し寄せて『まぁ……』と呆れた呟きを発している。  しょうがないだろ。俺、これから隣に立ってるこの男に――新垣に監禁されるんだぜ?  それにしても、なにちゃっかり母さんは新垣の事を『元和君』とか呼んでるんだよ。親父もそこまで真剣に考えなくていいと思うんだけど。  NI-GAKIとあんたが勤めてる会社は全く違うわけで、取り引きとかで関わるとかないんだから!  そんな腰低くしなくてもいいだろうよ!  あぁ、叫びたい。こんなにもコロッと騙されている家に、家族に叫びたい!  新垣 元和は変態ですよ、と。……信じてくれないんだろうな。  新垣の演技は凄まじいと思う。  哀愁漂う……孤独な青年、というものを醸し出してるというか……バカか。なにも知らないからってここまで気を許す大人がいて大丈夫なのか、って話だ。  なにも言わずただ突っ立っていたら、親父が腕にはめている時計に目をやって時間が迫ってきた事に気付き、慌てた様子を見せながら『航大、元和くんや新垣さんの家に迷惑をかけるなよ?』と言ってきた。 「……」 「それではお二方、気を付けていってらっしゃい」  俺の変わりみたいに爽やかな笑顔で手を振る新垣。そんな新垣に俺の両親は笑顔で返して家から出て行った。  あの二人からしたらこれから楽しい楽しい旅行の始まりだ。  俺からしたら、どうなんだろうか……。 「……」 「……」  完全に閉まりきった玄関。後に車のエンジン音が聞こえて、電話で呼んだタクシーが走って行ったのがわかった。  つまり、もう両親は家の前にはいないということになる。  その瞬間、勢いよく肩を掴まれて、同時に息苦しさを感じた。 「はぁ、航大……こうたぁ、」 「チッ、んだよ、くっつくな」 「胸が苦しくて……」  俺も苦し過ぎて吐きそうだ。  誰もいなくなった我が家は俺と新垣だけ。人の目も気にせずやりたい放題と確信した新垣は俺を強く抱きしめてきた。そりゃもう倒れるぐらいの強さでな……俺の足、よくぞ耐えた。 「お父様やお母様に、航大との関係を“友達”でおさめるなんて……愛しい人なのに」 「お前次にそれ言ってみろ。綺麗な顔面のどこかが傷出来るぞ」 「航大になら歓迎だ。さあ、俺達も行こうか」 「……」  無敵だなぁ、って、呑気に思ってる俺が死ね。  そもそも新垣がなぜ両親の結婚記念日の旅行を知っていたのか――ずっと俺を見てて、俺の話を聞いているらしいから、知ってたんだとよ。  詳しくは言われてないが加藤と伊崎の三人で久々に遊んだ時、ゲームして遊んでいた事や出された茶菓子の事にしても全部、新垣に言っていなかったはずなのにあいつは知っていた。  盗聴でもされていたんだろうよ。  とても受け入れ難い現実だが、新垣ならやりかねない行動だと俺は思っている。盗撮だっていまだにやられてるだろうし、隠しカメラもどこかにあるかもな?  いつ設置したのかもわからないが、たぶんある。  俺があの時、新垣の目を盗んだ隙に伊崎の家で世話になる話をしていたが、新垣の耳にはもう届いていたんだ。  だから放課後、俺を残して話をしたいとか言って……まどろっこしい。が、あれがなきゃ俺は素直に頷くわけもなく話なんぞ聞かないで勝手に帰っていただろう。  ――この時点でおかしいという事にも気が付いてるから、心配するな。  用意されていた新垣家の車。白くて輝かしい綺麗な車だ。正直、車なんぞに興味はなかったが、金持ちリッチな乗り物は座り心地が良い。  そこだけは、わかった。 「相変わらずでっけーな」  そんな座り心地の良い車から降りて見上げる家。  なんて表現したらいいかわからないが、平屋建てでL字形になっているほど大きい。  ちょっとした噴水まであるぞ……意味あるのか、これ。 「俺の家、外から見るのは初めてだもんな」 「あぁ、気絶させられて挙句の果てには犯されたからなぁ」 「……」  バレない程度の横目でちらりと新垣を見てみれば、ぐっと一瞬止まっていた。  こいつにもちゃんと罪悪感ってものがあったのか。そこに驚いたわ。  そんな考えをしていたら運転席から人が出てきた。当たり前だ……俺や新垣はまだ免許など持てない年齢だし、そもそも車を用意してくる家なんて稀だ。  金持ちと凡人って本当に違い過ぎる。  まず、運転手なんていなくて、父親や兄、姉なんてポジションの奴等だから。こんなピシッとご立派なスーツを着て、角度も合ってる頭なんて下げないから。  つーか、俺の前でお辞儀してるこのイケてる兄さんは誰なんだ? 「彼は父の秘書」  秘書!? 「兼、俺の世話人」  新垣の紹介と合わせて秘書、兼、新垣の世話人さんとやらは『初めまして』と声を発して、また深く頭を下げてきた。  心の中では慌てるものの、その秘書という名に引っ掛かりを覚える。  違和感なんてのは気になり出すとそればかり残ってて、完全に思い出すまで引っ掛かってるから厄介だ。 「もういいよ、下がって。ありがとう」  そう言った新垣は肩をポンポン、と叩いて礼を言う。たぶん車を出してくれた礼だろう。俺はそう思う。  そう思ったんだけど、この人からすればそれはなにかの合図だったのか秘書、兼、世話人さんは新垣にも頭を下げて車に足を向けた。  そこで運転席から見えたものが、ある。 「あぁ、」  カメラだ。 「新垣の、協力者か」  俺なりに小さな声で呟いた事だが、見えない壁に当たったかのように秘書さんは――もう兄さんでいいや――歩いていた足を止めて、こっちを向いた。 「桂田(かつらだ)」  新垣が声をかける。一拍間が空いたあとの兄さん改め桂田さんの返事がさっきより暗く聞こえた、ような気がした。 「今日のご飯はいらないぞ。俺が準備する。だから桂田は父の会食に付き合うといい。というか、明日も明後日も、航大がいる限りずっと、俺が準備する。俺の世話役はその間お休みだ。束の間の休息も大事だからな。あと、わかるように――俺の部屋周辺は近付かない事」 「……」 「……」  一息で言ったような勢い。  俺もそうだが、桂田さんも目を見開いたような表情で黙ったまま新垣を見ている。  新垣は新垣で自由な奴だ。最後の声は生意気に、とても低い声で『わかったか?』と伝えていた。  他人の家族には刷り込みみたいに惑わせて、身内には使うだけ使ってポイッと捨てる感覚か……恐ろしい男だとわかっていたが、変態的に恐ろしいのとめんどくさい奴だな。  そんな男に監禁、なァーー?  

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