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予想よりも拘束
「俺、平屋建てって初めてかもしれない」
「あ、そう?自由に見て回ってもいいよ。俺と一緒だけど」
あれからやっと家の中に入れてもらって、大きな玄関を閉めた後の衝撃は言葉に表せられなかった。
まず入って右側にある誰かの肖像画、左側には見た事のないほどのでかいツボに往けてある花々。どこか洋風を漂わせる右側に、左側は和風を漂わせていて意味がわからなかった。
ならば正面は中華風な模様なのだろうか、とちょっとした期待を膨らませてみたけど普通に薔薇がそえてあるだけで落ち込むという謎。
しかし、なぜ薔薇なんだ?
「……おい、まだかよ」
「もう少し」
唐突に『なげぇ』と呟きたくなったのは“しばらく”なんて言葉が似合うほどの時間。歩いて角を曲がり、あぁここがあのL字角か、と思っていると新垣が歩いていた足をやっと止めた。それで記憶から掘り下げた見覚えのあるドア。
他のドアの色が茶だったとして、ここのドアの色はシックな艶のある黒だった。言いたくないが、たぶんここが新垣の部屋だと思うから言わせてもらおう。
――センスのないドア色だな、おい。
「じゃあ荷物はこの部屋に置いといて。俺の部屋はもっと奥で真っ直ぐだから迷わないと思うぞ」
「……おう」
新垣の部屋じゃなかったわ。荷物置き場だったわ。普通の家に荷物置き場なんてねぇから発想が思い浮かばねぇよ……センスないとか思って悪かった。
またさらに歩けば今度こそ新垣の部屋についたらしい。ドアを開けてくれて、先に部屋の中へ入ればそれこそ覚えのある家具やベッド。
綺麗な床は毎日掃除をしてもらっているんだろうな。ベッドだって乱れていない。本棚は変わらず、謎の六台モニターはちゃんとある。
パソコンのディスクトップ画面も、俺のままだ。
「航大」
「シャンデリアの意味ってなんなんだろうな」
持っていた荷物はさっきの部屋に置いてきた。
上を向いて吊るされてるシャンデリアを見たまま、のそのそと歩きまわる俺は見た事も感じた事もない空間に酔い浸ってるのかもしれない。
いやだって、二度目にしろこの部屋を堪能するのは初めてだ。前回のは状況が状況だったせいで見渡すだけで終わったしな?
「こうた」
「この本棚、漫画らしい本がねぇな……なに入ってんだよ」
新垣との距離を遠ざけて、また近くなり、また遠ざけての繰り返し。俺が動き回ってるせいでもあるんだが、落ち着かないんだよなぁ。
小説本にしてはサイズが大きい。春、夏、秋、冬でわけられているが、シリーズかなにかだろうか。
タイトルの一部に【夏】と書いてあるのが一番多いような気もする。……まぁ、ここはあとで見よう。
「ベッドはふかふかで、ここだけならずっといたいと思うなー」
ぼふっ、と。見た目からして気持ち良さそうなベッドに行儀悪くもダイブして肌触りを確認。あー、もう、これすげぇきもちー。
シーツなのか、それとも全部を含めた気持ち良さか……俺の家もこんな感じだったらな……なんて夢の夢のそのまた夢の希望を持ち始める。
はあ――。
「こーた」
「……新垣、お前すっげぇ暑苦しいから乗っかってくるな」
監禁って、どんなものなんだ……。
「ん、はぁ……航大ぁ、もうずっとここに暮らしちゃいなよ」
「無茶なこと言うなよ。つーか別に新垣自身を受け入れたって意味でここにいるわけじゃないからな?お前それわかってんの?」
うなじ辺りに顔を埋めてきては深呼吸するみたいに息を吸った新垣。吐く息はくすぐったい、気持ち悪い。しかし、そこまでだ。そこからムラムラするとか、感じてくるようなものはない。
ただまぁ、背中に乗られて気が付いたとしたら――新垣のモノが当たってんなぁって思う程度で、他は別に……どのタイミングで勃起をするのかわからん。
「航大、航大、んんっ俺の部屋にこうたがいる……本物だァ……」
「……不気味なほど気持ち悪いな」
話なんて一切耳に届いてなさそうだ。
「いつもいつも航大を見ながら航大から貰ったパーカーでオナってたんだけど、しばらくは偽物じゃない本物の航大で出来る……はぁッ、たまんねぇ。受け入れてくれる航大も受け入れてくれない航大もどっちでもいい。本物には変わりないからな。こうた、今日から俺の航大だなんて、ほんと信じらんねぇわ……」
「チッ、くそ……っ」
背中の上でなにかやられている。肩に頬擦りをされて、片方の手は頭を撫でられてて、もう片方の手は服の中に手を入れてきて横腹を触られている。
ついでに勃ってるモノも俺の足を使って擦られてるような……とにかくもそもそと動いている新垣。俺のカラダの上でガサゴソと動いてるんだよ。しかもパーカーとかの話もあったよな?
ツッコミ入れたい……すげぇド突いて事情聴取してぇ……!
新垣が変に勘違いしているところも全部!
吐き出させたい。吐き出させて――ガシャンッ――全部吐かせて今までやってきた新垣に罰を与えたいぜ。
「……」
俺がなにをどう考えてる、なんて新垣からしたら、わかっているかもしれない。
どれだけ俺という佐倉 航大を見てきたのかは知らないが、勘違いにしろ正しい事にしろ、俺の考えを見抜いてはその通りにしてくれる。もしくは間違ったことをやるだろうよ。
そう考えると、逆もあり得る場合がある。
俺が、新垣の考えてることがわからない……という場合。
例え口に出していようが、全くわからないんだ。新垣の思考にはとうの昔からついていけない。高校からの付き合いだとしても、昔話で片付けるが、ついていけないんだ。
「……これが監禁ってやつか、新垣よ」
いつの間にか俺の両手首が、手錠でハメられていた。
「ふっ……ははっ、」
『こーた、好きだ』
うつ伏せ状態で俺の背中に乗ってきたはずの新垣は仰向けに体勢を変えてハメただろう手錠を指でなぞりながら、うっとりとした顔で小さく笑っている。
ここまでくると尊敬したくなるもんだな。
「はあ……」
ベッドの上に座って溜め息を吐く俺と、床に座る新垣は眺めている。――俺を。
ベッドに頬杖つくその手はたまに俺に触りたいのか伸ばしてくるものの結局、触らずまた頬杖をつくだけ。なにがしたいのかさっぱりわからない新垣の行動にキレそうだ。
「新垣、お前これで満足か?」
しかたないから俺が話しかける。
ハメられた手錠は後ろに回されてないだけマシだと俺は思うよ。前だと楽だし、自由もそれなりに利く。……初めての手錠なんだけど。
「そうだなぁ……この部屋にちゃんと航大がいるってだけで俺は大満足だ」
「素晴らしい笑顔だな」
言ったようにヘラッと笑う新垣は“顔だけ”見れば惚れるだろうよ。とくにホモ相手なら。どうしようもない世の中だよな?
こんなイイ男が、俺みたいな平凡男にここまでして自分の物にしたくなってるんだから。本来、一緒にいるべき女達から嫉妬の非難に巻き込まれそうで怖いんだけど。
「航大、ずっと一緒だ……」
「一週間だけだっつの」
「一週間も……いや、少な過ぎるが今はこれで我慢しなきゃいけないよなぁ」
そう言って自ら発言した呟きに気分を落として俯く新垣。見てるこっちも気分がよろしくなくなるからやめてほしい。というか、俯くのはどっちかっていうと俺だからな?
監禁されるのをわかりながら来てやって、さっそく拘束されるってなんだよ。
落ち込みたいし怖がりたいのにお前のせいでそんな感情、持てないんだけど?
なに、俺がおかしいの?
「でもまぁ、俺と会話している“航大”がいるから、いいや。ずっとモニター越しだったから。前みたいに、怯えた航大じゃないから」
「……」
そこで目にしたのは謎の六台モニター。怯えた俺っていうのはここで犯された時の話だろうからスルーな。
ずっとずっと気になっていた事――モニターとパソコンの中身。
まぁ、中身は今日教えてくれなくても次があると考えて良いが、あれはダメだ。
わかっていることなのに、気になる。
「あのモニターって、あれか」
手錠で両手首をハメられてるから片方を上げるともう片方の腕も上げさせないとちゃんと指で方向を差せない。
しょうがなく両腕を伸ばし上げながらモニターに指を差すと、新垣もその方向へ顔を向けてくれる。
今は真っ黒な画面。よく見れば俺が反射してうつってるかもしれないな。
そんな六台モニターは、
「あぁ、これか」
立ち上がる新垣はモニターとパソコン前まで近付いた。
マウスとキーボード、押して動かせば一気にモニター画面が青くなり、また暗くなる。
なんだなんだ、なにが始まるんだ。起動しただけか?
少しの混乱に頭を整理しながら落ち着かせようと小さな深呼吸をためしてみるが――やっぱりストーカー新垣だから――なかなか落ち着かない。
「んー、映像っていえば航大にはわかる?」
ばっ、と映った画面は――。
「これ、角度的に俺の部屋、じゃないか……?」
やはり隠しカメラだ。
「そうだよ。とくに俺が気に入ってる角度は、ここ」
躊躇いなく爽やかな笑顔を浮かべる新垣が指差したモニターは真ん中の二段目、つまりは下の段のモニター。
映されてるのは、ベッドでちょうど枕辺り。寝れば顔ががっつり撮られてるであろう角度。
「いつも俺はここのモニターで世話になっててね。何度も顔射しちゃってるんだけどさ、モニターは変に熱いからリアルを味わえなくて……味わえてたのはパーカーを貰った一週間とかその辺かな。匂いって、素晴らしいよなぁ?」
「そ、そっかあ……」
思わず目を逸らす。
もともと付いていたパソコンはやっぱり俺の画像で、なぜか先ほどとは違うものになっていた。どんだけ俺の写真があるんだろう。
もしかして……なんて思った〝本棚〟に怖気よりも呆気がやってきて、つい何度目かの溜め息を漏らす。
春、夏、秋、冬とわけられてる棚。勝手にシリーズものの小説だろうと思っていたが本当の春夏秋冬としての、四季ものなのか?
だとしたら夏が多いのも、わかる気がする。……俺の事、好きらしいし。
「そんな事より航大、今は俺の目を見てくれ。そして、手錠だけだときっと痛いだろうからタオルで縛ってやろう」
「……」
言葉、失うなぁ。
触られた手の感触がじっとり過ぎて『気持ち悪い』を口にするのも面倒になってきた。
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