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監※いつも通りな日

   時期的には毛布を欲する朝であるはずが、今日は暑苦しさで目が覚めた。  横から伝わってくる熱に昨日今日で現実を見せられた気分で溜め息。デジタル時計派らしい新垣家は壁に設置されている数字を見てみるとまだまだ余裕のある時間で、二度寝でも決めようかと思うほど。  あー、もう、新垣の奴くっつき過ぎだ。  監禁したいとか、清々しい事を言ってきやがるから絶対にこうなるんだろうな、と……思っていたが本当に抱き枕みたいに絡んで寝るとか、ドン引きの領域越すわ。  耳に当たる新垣の寝息に、わざとかってぐらいの距離感で首筋に付きそうな唇。腕は痺れるのを覚悟でガッチリ体を抱き締めてて、足も絡んできている。 「あっつい……」  それでも暑さにはかなわないから手錠をされたままの腕で掛け布団を剥ぎ取った。  あれからの昨晩はずっと新垣の嬉しそうな、だけど気持ち悪い笑顔を浮かべたままだ。風呂に入る前からハメられた手錠と、その下に縛られたタオルはどの道、痕が付きそうなほどの強さ。  ぎゅっ、とならまだしも、グッと結ばれて一瞬息を飲んだのを忘れないからな。  というか、風呂に入るにも新垣がいないと入れないわけで、一緒に入ったんだった……まあ、なにもなかったけど。  ただ純粋に洗ってくれただけだったからどうも思わなかったんだけどな。……あー、まぁ視線はいつもの如くって感じかな。それも見て見ぬフリさえしちゃえば俺の勝利って感じだからいいんだけどさー?  吹っ切れた感情で過ごした夜は俺が怯えるようなものではなかった。  飯も普通に出たし――すげぇ美味くてビビった――トイレもドアを開けてすぐのところにあり、漫画だって用意してくれた快適溢れる監禁生活だ。  一晩だけで拍子抜けしてしまってる環境に、思わず心が揺れるところだったなぁ……。 「ん……こたっ」  掛け布団を剥いだせいで起きたらしい新垣は目を擦りながら俺の名前を呟いた。  後ろでもぞもぞ動く新垣。寝返りみたく新垣に振り返れば、 「航大、おはよう」  幸せそうな顔で挨拶。 「……おはよう」 「随分はやいな……二度寝するか?」 「あー……」  近過ぎる距離になんとなくの照れが出てきてしまった。相手が誰であろうとこれはない。慣れてないものは、慣れてないから驚いてしまう。だけどそれもそれでどうなんだ?  俺の決断とはいえ新垣も危ない奴には変わりないからな……。  ふっ、と腹筋だけで起き上り、新垣から離れる。運良くも抱きつかれていた腕には力が入っていなくて難なく起きる事が出来た。  しかし手錠をハメられてることに変わりはないから自由ってわけじゃねぇんだけど。 「あ、こーた……起きるなら言ってくれよ」 「だー!これやめろってば!」  逆に自由を手にしてる新垣は素早く起きて後ろから俺を抱き締めてきた。  腹に回ってきた力と顔の真横に新垣の頭が見える。嫌がる俺を無視して首に口を付けてきたこいつをいったいどうしてやろうか。 「今日ははやく学校に行く。今日からの事、伊崎や加藤にもまだ言ってないから。とくに伊崎の親にはなにかと世話になってるし、すぐ伝えねぇと」 「……」  手を払うように無駄のない腕の肉を強く抓んで嘘事情を垂れ流す。  こうでも言わないと新垣はわかってくれないと思うから。……俺の表情でバレたらアウトだが、そこまでバレやすい性格だと思ってない。  新垣は見透かすかもしれないが少なくとも加藤や伊崎には、バレた事がない。  加藤のゲームソフトをなくしたことに知らないフリをした事も、伊崎のストラップを間違えてゴミ箱に捨てた瞬間に回収されていった行方も、悪い事だと思っているが全て『どこだろうな?』でおさめてきていた。  我ながら酷いものだ。  そんな新垣にも、バレなければ、と。 「そうか、わかった。用意しよう」  あ、バレてなかったっぽい。 「朝ご飯は軽めがいいだろ?昨日今日でまだ心の準備が整ってないと思うし」 「随分と優しい主人様だな」 「主人様とか呼ばないでくれよ……俺は航大の、」  そこで止まった新垣の言葉。  後ろにいたせいでまともに顔は見れなかったものの、やっと離れてくれた体は解放感でいっぱいだ。  一晩中、抱きつかれていたら疲れるに決まってる。  抱き枕がいつの間にか変形してる、なんてものがあるが、それはずっと抱き締めてるから変わってる物であって、人間でやられると苦しいわ。 「航大、果物とヨーグルトなんてどうだ?」 「お前バカ?俺、一応男なんだけど。それで腹いっぱいになると思ってんの?」  さっきのジリジリした雰囲気とは変わっていつもと同じ。いつもの、俺が信頼していた親友である新垣 元和に見えた気がする。 「車で登校か……」  今日の朝飯は果物にスクランブルエッグにロールパンにサラダ。なんだろうな……うちの母親もやれば作れるメニューなのに豪華に見えた。食器の問題か?  それとも雰囲気なのか?  もしくは、その場の酔い?  新垣が作ったらしい朝飯は素晴らしく美味かった。  でも果物は切っただけ、スクランブルエッグは掻き混ぜて焼いただけ、ロールパンなんてきっとどこかで買ったもので皿に乗せただけだ。  サラダなんてシーザードレッシングをかければ美味くなる……なのに謎の満足感に学校へ行く足取りもとても軽かった。車で送ってもらってるからってのもあるけどな。  角を曲がればすぐ学校、という場所で車が止まる。 「桂田、ありがとう。帰りはいいよ」  俺側のドアを開けてくれた新垣が秘書、兼、世話人の桂田さんに話しかけている。  それにたいして声にはしなかったもののバックミラー越しでの合図をかましたのか、新垣は俺の鞄と一緒に車から出て行ったのだ。  静かな音を立てて走り去る車はやはり目立つ。……俺、あんなのに乗ってたのか。 「いつもこんな感じで登校してたのか?」 「最近はなかったよ」  そりゃ俺と登下校してたからな。いや、もしかして俺の家近辺まで送ってもらっていたとか?  あー、だとしたら近所とか騒ぐから、やっぱりないか。坊っちゃんが徒歩で平凡家に訪れていたとか、笑い話かな? 「おっはよー!航大ぁ!」 「おはよ」  教室につけば加藤が元気よく、伊崎はその後ろからついて来て俺に近付いてきた。  いつもと変わらない二人と異常に俺との距離が近い新垣は、俺という境界線を張ってるような……いつも通りな日。  すぐそこに新垣がいた事に気付かなかった二人も俺の『おはよう』でようやく気付いたみたいだ。 「おっ、相変わらず仲良いな」 「新垣もよく航大と馴染めるね」 「おい伊崎、それはどういうことだ」  俺のツッコミで下品に笑う二人は放課後の話をしてきた。  その裏で、新垣が俺のブレザーを強く握ってて、シワになるんじゃないかと思うほどの力。引っ張られてるような気もしなくもない……。  これはどうでもよくない話だが、新垣の家でハメられた手錠は今だけ外されてる。というか外した。もちろん縛られてたタオルもだ。  あんなので学校に行けるはずもないだろ?  俺もそこまでの人間じゃないし、そんな人間いたらドン引きするっての。  それなのになかなか納得しない新垣にイラついて背中にドスッとエルボーをくらわせれば膝崩れして咳き込み。  その後、俺の足下にしがみついては大きく頷く姿を見て――やっぱり気持ち悪い――と思うばかりの朝。  ご飯を食ってる時だってそうだ。  昨日は食わせてもらったり、自分で食べれるものは食べたりしたが、やはり食べづらい。最初から外してくれるなら、という流れで朝飯の時から外してもらってる。  痕は、うっすらと浮かぶ赤色程度。いずれ薄紫に変わったりすんのかな、って車の中で思ってたりしてたけど。 「なぁ、航大も行こうぜ?あそこのゲーセンって三階まであるでっかい店なんだって」  そんな状況も知らずにいる加藤が俺を誘ってくる。伊崎も楽しそうに笑みを浮かべる姿を見て遊べると思っているんだろよ。  ただ、新垣がなぁ……。 「……」  でもここで俺のスタイルを崩されたら怪しまれそう……さすがのこいつ等も俺と新垣を疑ってきそうだしなぁ。 「……」  二人にはバレないように、そして後ろにいる新垣にもバレないように遠くを見るフリして表情を窺う。心配そうな顔をしているように見える新垣と、いつもの二人。  新垣の表情は全く以て理解出来ないからなにも言えないけど、とりあえず俺の立場も考えてほしい。  これから伊崎には『旅行に行った親がいなくても世話にならずに済みそうだ』って話をするんだ。  詳しい理由は“監禁されるから”なんて言えない。  だからサラッと適当な事を言って話題を流すのみ……でもそこに新垣がいたら邪魔しかないだろ。俺は邪魔だと思うね。  だから新垣のいないところで、尚且つそれほど追求されない雰囲気の場で話したい。  全部が全部、俺の考え過ぎならいいんだけど。そうとも思えないから、構えとく。 「――ああ、放課後な。楽しみだ」  つまり、いつも通りの日を楽しむしかない。 「いえーい!」 「加藤って本当に航大を好いてるなぁ」 「伊崎ちゃんの事も好きよっ」 「ホモやめろ」  楽しそうに話す二人。それを睨む、新垣……に、見える。  焦った勢いで周囲を気にせずぶん殴った新垣の腹はすごく硬かった。 「ぁぅッ……こーた、」  周囲を気にせず、なんて言ったが実際はもう俺と新垣なんて組み合わせは珍しくもない。  今いるこの立ち位置だって変に目立っていないから俺が殴ったことなんて目の前にいる加藤と伊崎すらも気付かないこと。  新垣が痛がる、その声も。 「……チッ」  せめて半日は普通に過ごす時間くれよ。    

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