23 / 42
マッサージ
ぼふ、とベッドに飛び込む。
今日の授業なにげにキツかったなぁ……。男子校なのにあんな料理を細々と教えられても神経使うだけでなにも得られなかったわ。――茹でたまご。
あれ、難しいのな。自分が食べたいと思う固さにならない……というか家庭科の教師も教師だ。暑苦しかった、あの男。常に大声を張っててさ。
『火の元には気を付けろよ!』って。
『あーーー!そんなにたまごを乱雑扱いしたら割れる!』って
『いいか……こう、ポンッ!と!水の中にいれるんだ!』って。……全く耳に入って来なかった授業だった。
やることがなかった俺は座ろうとしたら教師に指をさされ、加藤がつまみ食いしようとすれば一段と声を大きくあげて、伊崎が手際よく片付けようとすれば『みんなでやるからいいんだ!』と、わけのわからん事を言ってて混乱祭りだった。
しかも、最後の時間だったせいでずっと立ちっぱなし。俺の体力の問題だろうか……精神的にも身も心も出し切った感じで疲れた。
だからもう手錠なんて気にしてないし、新垣からやられる“あーんっ”という食べさせ方も抵抗なく受け入れられる。風呂だって一緒に入るなんぞ朝飯前になってきたぞ。
今だって髪から体の隅々まで洗ってもらってたから。あー、なんかドライヤーで乾かすからリラックスしててって言われてたっけなー……。
すでに眠気が来ててリラックスの度を越えてるんだが。
「はぁ……明日休みでよかった」
重たい体を起こして縛られつつも動かせる範囲でまだ少し濡れている髪の毛をタオルで拭き始めた。そんでもって今日の学校帰り、俺は新垣に漫画がほしいから本屋に寄らせろ、と言って漫画を大量に買ってきた。
いや……買ってもらった?
あー、あれは買ってもらったな、うん。
学校に行く時は普通の俺なわけで、手錠がされてない自由な腕に戻る。精一杯まで伸ばせる腕にあれよこれよと手持ち金を考えずにカゴへ入れていたのだ。
ほとんどが読み切り漫画ではあるものの、俺が好きな連載漫画も含めて合計、十数冊が入っていた。
一万円飛ぶな、これ……と今月の小遣いと闘っていた俺だが、あんな俺の写真しか入ってない本棚を見るよりは今月を我慢して、一万円がぶっ飛んだ方がいいと判断。
それなのに新垣はレジに向かう俺に『もういいの?運ぼうか?』と言ってカゴを奪った。
すたすたと一人、先に行ってしまった新垣に首を傾げていた俺だったんだが、はやくも店員さんにカゴを渡す姿を見て金を払いに急ぎ足で向かったっつーのに、ピッ――と電子音が聞こえて、最後は『ありがとうございました』と袋を渡される新垣だったんだ。
めちゃくちゃに対応が速かった店員さん……いや、それよりも右手に持っていたカード。あれはポイントカードだったんだろうか。……そう信じとこう。
「航大。あ、さっそく読んでるのか」
今日の出来事を思い出しながら体に鞭打って起きていたら新垣がやっと来た。手にする漫画はまだ数ページほどしか読んでいないが、眠さで内容が入ってくるか自信がない。
明日は休みだがすぐに寝てしまおう。そうなるとはやく新垣に髪を乾かしてもらわないといけない。
もともと自然乾燥派だった俺だけど、このベッドで濡れたまま頭を置くのは正直、心がやられるというか……ベッドに申し訳ないというか、シーツに謝りたいというか……。
まぁ、ベッドなんて人間みたいに心があるわけじゃないから謝ったところで意味なしのオチで終わるんだろうけど。
「はやくしろ。眠いんだ」
「眠そうなこたの顔、かわいいなぁ」
おーおー、気持ち悪いお言葉さんきゅーですこと。
「はぁ……なんかお前の気持ち悪さも慣れてきたかもしれない……」
「ふっ」
笑う新垣。
さっきから、風呂の時からずっと半勃ちな、ソレは……ツッコミ入れた方がいいのだろうか……。またさらに嫌な予感しかしないけど。
ブォーっと温かい風に揺れ動く髪は新垣の指の隙間で梳かされていく。
この温かさがまた本格的に眠気を誘ってくるよな。新垣も新垣で美容室のプロ並みのやり方で乾かしてくるから困った。
よく行く店の担当さんと同じ乾かし方というか……まさかこいつ、そこまで調べてたとか、ねぇよな?
――んん? ないよな?
浮かぶ疑問に聴取してみたい気持ちと、その気持ち良さに負けてうつらうつらしているのと、どっちがいいか……考えれば考えるほどその考えは無駄なもの。
「航大、終わったぞ」
カチッ、と止められたドライヤーのスイッチに温風は吹き止む。
「ん、ありがと」
俺が礼を言うのもおかしな話だ。新垣がやりたいと言い出したものだし、俺は一度断って自分でやろうとしたんだから。それなのにいろいろな理由をつけては迫ってきた新垣がウザく思えて、俺が折れたんだから。……ま、いいんだけど。
終わった今でもずっと髪の毛を撫でてくる新垣の手を抓る。ちょっとした痛さに声を出すが、それでも払おうとしない俺の手に、こいつはどんだけ図太い神経を持っているんだ?と純粋に考えてしまった。
今日の家庭科も抜群にやりやがって、挙句あの熱血教師に褒められても普通の反応してたし。料理は美味いが、そこまでいくと殴りたくなるよな。俺だけ?
あぁ、俺のなさ過ぎる才能の嫉妬か。料理なんて出来なくても生きていける……!
「……っ、なんッだよ!」
「んー……こた、いー匂い」
モヤモヤする気持ちをさらにモヤつかせるのは最初から最後までやっぱり新垣 元和。
後ろから抱きついてきた新垣は力強い腕に俺の腰辺りに当たるナニか。さっきのか……。いきなり過ぎる抱き着きはやめてほしいな。
いや、俺。そういうツッコミで合ってるのか?
もっとあるんじゃないか……?
「けど航大、少し疲れてるみたいだな?」
耳元で囁かれる声はもうその耳に新垣の唇が付きそうな距離だった。伝わる吐息に思わず引っ込める耳と、顔を背ける。
「こた、マッサージしてあげよう」
それでも追いかけてくるようにまた囁き始めるキモい奴。――いっ、いらねぇ……。
腕を脇腹に通してきて軽々しく持ち上げてはベッドに座らされた。苦もなく170センチ近くの俺を抱き上げるとかムカつくんだけど。
穿いていた短パンの中に、するりと手を入れてきて太ももを撫ではじめる気持ち悪い奴。初っ端から話が違い過ぎて蹴飛ばしてやろうかと思ったが、またすぐにその手は下がって力の入った親指を使いながら上下に行き来している。
くすぐったいような痛いような、気持ちいような……?
蹴飛ばそうとしていた足も止まってしまう。しかし、ここで大人しくマッサージとして認めたら新垣は調子に乗ってエスカレートしていくんじゃないか?
そんな考えも頭に過ぎったが、
「航大、気持ち良い?痛かったら言ってくれ」
どっちかっていうと、気持ちが良い方だ。
ゴリッと塊があるんじゃないか、なんていう痛さもあったりするがそれがまたムズムズするような痛さでとてもやめさせるにはもったいないような気がしてきた。
「……新垣、うまいな」
「専属がうちにいたから」
いったいどんな専属なんだ。マッサージのために、新垣家専用として雇ってるのか。どんなものにしろ考えがまともじゃなさ過ぎてついて行くのが厳しくなるな。ついて行く気もねぇけどさ。
最初は優しく滑らす手つきからそれぞれの位置を的確に押さえて揉んでいく。たぶんそれがツボという場所なんだろうが、効きすぎてそこが熱くなってくる。血行がよくなってるのか?
でもその熱さもまた良くて、結局俺は新垣のされるがまま体を倒して天井を見つめていた。
「こたは毛が薄いんだなぁ」
「あぁ?あぁ、そうかも」
「濃くてもいいんだけど」
「お前が言うと洒落になんねぇから言うな」
「冗談でも、ないんだけどさぁ……」
風呂の力、ドライヤーの温風力、加えてマッサージの力。全部が全部、プラスなもので舞い戻ってきた眠気というもの。
「航大……この足も、手も、耳も、他も全て好きだ……」
「……」
おまけにこんなふかふかなベッドの上で連日寝てしまうとクセになり、ずっと張り付いていたくなる。
だから学校の日はツラかったなー。両親関係なくこの家にいたら新垣はきっと俺を休みにして、自分まで休んで二度寝をするだろう。
「こーた、俺を好きになってとは、言わないから」
だけど今の俺という佐倉 航大は両親の結婚記念日旅行で、一人にするのが心配という理由で、安心してもらうための預かりだから。
監禁されてて、手錠も痕が出来ないようにタオルで縛られても、至れり尽くせり状態だから文句はねぇんだよ。
あー……でも下半身を触ってくるのは、なァ?
「言わないから、」
「……」
「ずっと俺のそばに、いてほしい……航大」
揉まれる足の気持ち良さからの眠気。なにか言ってる新垣の声を頼りに意識を繋いでいるが、どうだろう。これ、寝ちゃうな……。
耐久性がついてきたのか我慢出来るレベルのマッサージという名のセクハラ。
動じない俺をどう思ったのか新垣に触れられた足の先に柔らかく、アツいものがべちょり、と――舐められた。
ともだちにシェアしよう!