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朝食のスパイス
――四日目の目覚めは悪いものだった。
昨夜の出来事。三回も新垣に犯 られた。それだけだ……。
壁に掛けてあるデジタル時計の数字を見れば九時前の【8:56】と表示されてる。
そのまま寝てしまった俺は服など着ていなくて、素肌にシルク製のシーツと羽毛掛け布団の触り心地が良過ぎて同化しちゃいたいぐらいの気持ちだった。
思う出す昨夜、思い出される昨夜、思い出してしまう、昨夜。
大きな溜め息とともに両手が繋がった手で頭を押さえる。ついでのついででそのあとに腰も押さえようと手を持って行く。この痛みはなんだ……本気で犯された日とは違う痛みではあるが、重い。体を起こすのもダルい。
それでもカーテンが全開で大きな窓から太陽が、こんにちは!と言ってるみたいな輝きに二度寝が出来る気がしない……しかし真っ裸でうだうだするほど図太くない俺は再び溜め息を吐きながら体を起こす。
あぁ、ムリヤリな。
辺りを見渡しても新垣の姿はなし。脱ぎ散らかしてあるはずの服は下着とともに綺麗に畳まれているのを見て、先に起きてはなにかしているんだな、と大雑把で当たり前な予想をしながら俺は新しい服と下着をクローゼットから取り出す。
あの服、もう洗濯機行きだ。
「んー……」
そして次の違和感は使われた体が綺麗だったこと。後処理というものをしてくれたのか嫌なベタつきも、乾燥して変に固まってるものもなく、隅から隅まで拭いてくれていたらしい。
この時、新垣からなにかされてんじゃないかと疑ってる俺を許せ。立場的に考えて、あいつならやりかねない行動だろ?
あと関係ないけど、
「腹減ったな」
いつもは学校前に食っていたから八時前には用意されていた。が、ここで過ごす休日は初めてだ。さっきの予想は朝飯でも作りに行ったのかな、に変更しよう。
手錠のせいでシャツは着れないものの自力でなんとか下の物を穿くことに成功。
部屋に置いてある、全身鏡が俺をうつす。
「……」
貧相な体に、赤々とした斑点が。
「きもちわりぃ……」
くるっと回って背中の方も見てみるが、そこにも散らばる赤いマーク。これが“キスマーク”というものか……初めての相手が男――なのはこの際どうでもいい。
どうでもいいんだが、親友でストーカーだった男に“やられる立場”に回った俺の心情を誰か代弁してくれ。
本当に、俺もよくここまで一緒にいるもんだ。
気持ち悪いマークに呆れながらまたベッドに戻り、気持ち程度で掛け布団を直す。
そういやオーストラリアに行った両親は元気だろうか。海外だからっていう理由もあるが、連絡なんぞ一切取ってないからな。心配じゃないのか、我が息子が。
二人の大事な息子さんは、二人が信頼している新垣 元和に閉じ込められてはヤられてるんだぜ。……言えるわけないが。それでも一言ぐらいはなにか欲しいよな。
それとも仲良くなり過ぎてそんな余裕ないってか。……どうなんだよ、こういうのって。
「おー……」
さすが気持ち程度。
ふわっ、となびかせる羽毛掛け布団は波に乗るだけで見た目がよろしくない片付け。肌寒くなってきた時期……掛け布団だけじゃないからな。
その中に毛布もあるんだが、俺の寝相が悪いのか下の方に丸まっている。だから掛け布団を綺麗にしたところで足下辺りが盛り上がってるから確実に“なにかがある”とわかる。
やるなら最後までやれよ、と思う性格の奴が見たらぐちぐち言って直すんだろうな。伊崎とか。あー、意外に加藤も掃除にはうるさかったっけ。
あれ、俺ってば結構ずぼらな性格なんじゃ……。
「あぁ、航大。起きてたのか」
余計な事を考えてたら、朝飯作りでいなくなったであろう新垣が顔を出してきた。昨夜の気持ち悪い新垣ではなく、俺が知っている爽やかイケメンの、新垣。……そういやあいつ、頭を踏まれて勃起させてたんだよなぁ。
人は見た目な判断ではないらしい。
「さっき起きた」
「そうか、俺は今起こしに来たところだ」
「ご苦労だな」
近付いて俺が座るベッドに新垣も座ってくる。ちょっとの振動で傾く体重はそれほどでもない。
手錠のチェーンで繋がれて並ぶ両手。昨夜に続き遠慮なく触ってくる新垣は図太い。俺が暴れるかもしれないのに同じ事を繰り返してくる。
「なんだよ、この手」
「服。着なきゃだろ?」
笑顔を浮かべた新垣は休みの日でも常に持ち歩いてるんだろうな。シャツの胸ポケットから取り出す小さな鍵。その鍵でハメられてる手錠の穴を、一回……二回、と聞こえてくる金属音に手錠が音を立てて外れる。
縛られてるタオルもほどいてくれた。
「なに着るんだ?たまには俺の服でも貸そうか」
「それでオナられるなら俺の服を着るっつの。あとサイズが違うだろ」
自由になった手をぶらぶらさせながら立ち上がり、開けっ放しのクローゼットから上の服を取り出して素早く着替える俺。――今この瞬間は自由で、出ようと思えば出ていける。
監禁は監禁でも本格的な監禁ではないからなぁ。慌てるであろう新垣を見ても、今は浮かべ続ける笑顔に腹が立つだけだ。こいつ調子に乗ってるな、と。
「航大、腹減ってるだろ。持ってくるから待ってて」
「……」
またまた余計な考えをしていたらいつの間にかまた新しいタオルで縛られて、手錠をハメられていた。はやい行動につい目が点になりそうだ……。
* * *
出された今回の朝食というものはフレンチトースト。量があるにしろ盛り付け方が凝っていて、普通のなんだろうけど豪華に見える。
毎回そうなんだ。以前も言ったように食器のせいなのか、盛り付け方のせいなのか、それとも気のせいなのかわからないが、普通のご飯のはずなのに美味そうに見えてしょうがない。
いや、実際は美味いんだけどさ。うちの母さんもやれば出来るような料理も新垣に負けてる気がして二度見、三度見なんて日常になってきている。
メインのフレンチトーストの他に、コンソメスープとサラダとオレンジジュース。わきにはバターやハチミツ、数種類のジャム。スープ用なのかお好みで胡椒もどうぞって感じで置いてある。
「悪いな航大、今覗いたらこういったものしか作れなかったんだ。買い物行かなくちゃなぁ……」
ナイフとホークを使ってフレンチトーストを一口サイズに切り込む新垣は苦笑いで言っていた。
新垣は俺の母さんを敵にしただろう……母さんはそう思ってなくても俺はそう思っとく。
おそらく冷蔵庫を覗いたのに材料がなくて、だから新垣は『しょうもなくてごめん』という気持ち交じりで買い物に行かなくちゃ、と呟いたんだ。
それなのに出来上がりがこんな豪華に思えるもの。俺の母さんを敵にした。うん。
冷蔵庫を覗いてもこれほどの完成度が出来るかどうかも怪しい人もいるはずなのに、なんだあの――不安そうで実は余裕あります、みたいな言葉。ボコされろ。
「航大はなにつける?ジャム?」
「いちご」
即答する俺も俺だけど、
「だろうな、知ってた」
俺を知り尽くしてる新垣も新垣だ。
ちょうどいいジャムの量に切り分けてくれたフレンチトーストをフォークに差した新垣はそのまま俺の口元に持ってきてはオーラで伝わる『はい、あーんっ』というもの。
腹減ってるから食うけどさ。
「美味しい?」
「んまい」
いつもはないクッションが腰に当てられている。これが新垣の配慮だとしたら、昨夜に戻って別のところで活かしてほしいものだ。
ニコニコと笑う新垣を目の前にまた一口、差し出されたフレンチトーストを食す。たまにハチミツを塗られたものもあったが、ずっとこれじゃあ口が飽きてしまうのが俺。
一点集中型みたいに食わねぇから。
「俺サラダ食いてぇわ」
手錠をされても多少なら俺だけ食える。まぁ、両手を動かさないと無理なんだけど。
「新垣、シーザーは?」
目の前のサラダは緑を中心としたパプリカの赤も混ざっている美味そうなもの。だけどいつもかける――用意されてる――シーザードレッシングが置いてなかった。
忘れたのか、珍しい。というか俺も俺で結局図々しい奴じゃねぇか。居座り過ぎにもほどがあるが、これはどうかと思うぜ、おれ。
「あぁ……ドレッシングな……」
「……」
見えた新垣の表情。それはとても暗いものだった。ドレッシングを忘れただけでそこまで暗い表情をするか?と、問いただしたいぐらいのもの。
忘れたならそれでいいし、ないならしょうがないという言葉で片付ける。他があるなら、他でもいいよ。
「新垣?」
完全に飲み込んだフレンチトーストは口の中になにもない。新垣の名前を呼びながら顔を再び窺ってみると、そいつはゆっくりと立ち上がる。
「航大の大好きな、シーザーがさ?」
「……」
テーブルに置いてあった俺のサラダ。それを手に持つ新垣はまだ暗い表情をしている。
俺は確かにシーザードレッシングが好きだ。でも、そこまで気にするほどではないから……なんならそのままでも食えるしなぁ。
「シーザードレッシングが、なくなっててな……」
そうか、やっぱりなかったのか。
立ち上がったため目線が高くなる新垣を見つめる俺。サラダを持つだけでも絵になる姿に、ここまでの人間もいるんだな、と思考をふらつかせた。
こと、と床に置く、サラダ。――床?
「に、がき……なんだよ、急に後ろなんか来て……」
「だから、シーザードレッシングが、」
ないのは、わかったから。
俺が聞いてるのは、なぜ新垣が俺の真後ろに立ち、サラダを床に置いたか、ってことだ。頭良いくせに言葉を理解していないのか?
「――ないから、俺が作ろうかと思って、」
「はぁ?……っ」
意味のわからない言葉。どうやら俺も言葉が理解出来ない方らしい。
でもそれは、いい……どうでもいいんだ。新垣みたいに頭がいいわけでもないし、相手が新垣だし……。だけど意味を知りたかった俺は新垣の方に振り返った。
それが間違いだったんだけど。
「お前、なんでジーンズ……脱いでんだよ……」
頭を抱えたくなる。
見たくもない仕草は、新垣がベルトと一緒にファスナーを下ろそうとしている姿。すぐに黒の下着が見えて、そこで俺はテーブルの方へ首を戻したわけだが……なにするつもりだ?
新垣の前には俺がいて、サラダが置いてある……さっきこいつはなんて言ったっけ?
「こーたが言ってたじゃないか……なんか、爽やかなんだろ?味も、酸味が効いてて美味いって。緑と白と赤と、って……」
「それはっ……!それは確かにシーザードレッシングについてであって、俺が言ったことだけど……!」
それと、新垣がジーンズを脱ぐ意味がわからねぇよ。共通点なさ過ぎてわけがわからねぇよ!
――つーか、わけがわからないで正解なんじゃねぇの!?
「んっ、大丈夫、たぶん……レモン毎日食って飲んでたから……」
「ぶわっ……!」
うなじから首元にかけて顔を埋めてきた新垣。加えて舌を出して舐めてきた鎖骨に鳥肌が立つ。昨日の今日だぞ……?
「んぅ……やっぱこたの匂い、好きだっ、はあ、」
「お前マジで……変態超えてるって……」
嗅がれる匂いが嫌で避けようと捩ってみるが、空いてる手で肩を回されて動けないようにしてきたバカ新垣。耳からダイレクトに伝わる新垣の吐息は、体のどこかに響き渡る。
てか、シーザードレッシングがなかったら買うなりなんなりしろよ!
俺のためならなんだって出来る、と思ってる俺も俺で自惚れだったのか?
いーや、違うな……こいつが変態だっただけだ――こいつの精液でドレッシングが作れるわけねぇだろうが……!
それにレモンを毎日食っては飲んでた?
お前、それだけで精液の味が変わると思ってんの?
俺でもわかる超簡単問題じゃねぇか!
「んっはぁはぁ、んんっ……こた、こたこたッこーたっ、」
「うっぜ……!それだけで爽やかな味になるなら俺もやってるわ!うぇっ、」
耳の中に舌が入ってきた。
俺が抵抗しても続ける新垣の扱きは、はやくなる一方。
「はあっあ、あッ……ど、してこーたがっ、せーえきのあじ、知ってんだよ……ッ」
耳元で容赦ない息の喋りに俺までくすぐったくなって、おかしくなる。
「うるせぇうるせぇっ……!だぁ!もう!くっつくな!くっつけるな!」
背中にピッタリとくっつけてくる新垣のモノ。動く手も当たってそのリズムは男の俺でも察せるほどだった。……こいつもしかして、イく?
頭に思い浮かぶ言葉。
待て待て待て、そのままイッたら本当にサラダにかかるじゃねぇか!
ぶっかかるじゃねぇか!
バカか! こいつバカか!
でも、それを止められない俺は、いったいなんなんだろうな……!
「んンっ、こた……イキ、そ……!」
「出来ればイくな……っ!」
「はあっあぁッ、んぅ――!」
ちっちゃく『あっ、』と漏らした声。記憶にずっと残っていそうな、声。
「ん、はぁ……仕上げは、胡椒な」
「仕上げとかの問題じゃねぇよ……」
脱力気味で置いてあった胡椒を手に取り、なん振りもする新垣は最後に後ろから『はい、サラダ』と言って渡してきた。それに苛立って俺は振り返らず、精液サラダを受け取り、なんとなくの位置で新垣のモノを殴るために拳を振り落す。
「……っ」
激痛だったのか俺の背中に倒れ込むものの、それを無視してなんとか自分を保たせといた。
「……」
めっちゃくちゃ心臓バクバクしてる。こんなサラダ見た事なければ食った事もないし、食おうとも思わねぇな……。
でもサラダは食いてぇし……でも新垣の精液ついてるし――……一番下とかなら、いけっかな?
「いやいやいやっ、ないないない!」
「んんっ、こたぁ……」
俺の背中にうな垂れる新垣と、葛藤で忙しい俺は最悪な朝飯を過ごしていた。――四日目の朝にして、これとか……。
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