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軟※再会不
――食ってねぇから。
「こた、おはよ。起きて」
体がゆるく揺れ動くなか、瞑っていた目が開かざるを得ない状況になり、しかたなく俺は目を開けた。
眩しい光は太陽で、その先にある鏡が反射して床から天井を照らす。……あぁ、もう朝か。
一昨日、昨日はキツかったのが俺の正直な感想だ。むしろまだ一昨日の方が良かったと思うな。男同士のセックスと、男の精液で飯を食うのと……痛くもなにもないんだから俺は断然、今だけは、セックスを取る。
声を大にして言えるぞ。そんな究極な選択が出てきたら迷わずセックスを取る!
――サラダなんて結局は食ってねぇけどさ。
「こた、こーた。まだ眠いのか?」
「……いやぁ、昨日の飯思い出したら吐き気が」
「……」
頭を撫でられる手を叩きながら起き上る俺。クソみたいな演技で口元を塞げば視界に入った心配そうな顔で見つめてくる新垣。おいおい、誰のせいでこうなったと思ってる?
――お前だよ、お前!
みんな聞いてくれよ。
もうあの朝を始めに昼も夜も同じ事してきて食わそうとするんだ。夜なんて二度も同じ経験をした俺から言わせれば戦いだったから。何度も何度も頭突きをしたり、肘を使って密着する体を殴ったり。
それでもヘコたれない新垣はずっと扱いていた。最終的にはちゃんとイくから驚きだ……殴りの痛さで萎えると思ったんだけどさァ?
「しかし、なんだ?今日はやけに遅い時間だな」
そんなヤバい日を乗り過ごした今日は、新垣家で世話になって五日目の朝。はやいようで遅く、遅いようではやい日数は俺の中でずっと生活を語っていてもしょうがない結論が出たのだ。
同じだから。新垣と過ごしていると一日の流れが全部同じなんだ……。毎日が同じって意味じゃないぞ?
その日、その時が決まれば新垣はずっと、ずーっと同じことをしてくる。
そりゃもう、一日目のいつも通りな日だったり、二日目の盗撮巡り、三日目の意識あるセックスに四日目の新垣特製ドレッシング作りだったり……ドン引きな行動を繰り返す繰り返す、繰り返しまくる気持ち悪い新垣 元和。
そんな流れでやって来た五日目はいったいどんな事が待ってるんだろうな?
行きつく先の考えが、わからなくなってくる。
「航大があまりにも気持ち良さそうに寝ていたから、起こせなかったよ」
「……すげぇ嫌な予感しかしない言葉だな」
「そこは平気だ。自慰行為なんてしてない」
昼近いからか、キマった顔で言われるとまた違うな……爽やかには変わりないからか?
つーか俺の考えもおかしいのか。……そうか。
「はぁ……」
あと二日だ。あと二日と耐えれば四六時中、新垣と一緒、なんてものは避けれる。だけどその二日間っていうのはすげぇ長いんだろうな……頑張れ、俺。――すでに頑張ってるけど。
大きな溜め息とともに自分で励ましていたら、人間なにがあっても腹が減るみたいで控え目な音が鳴ってしまった。思わず手錠をハメられてる手で腹を押さえた動きに確信をついてしまったらしく、新垣から『腹減ったのか』という目で見られる。
そりゃな……。サラダがなくてもおかずはちゃんとあって、白米やらパンやらがあるから食った気がしない、というのはないんだけど伊崎のせいでどうもサラダというさっぱりしたものが置かれていないと俺はダメみたいだ。
最近になって一日中、食ってなかった――っていうのはなかったから、ちょっとおかしいんだよ。
「……昨日の途中でシーザーを買えばよかったんだ」
途端に気が付くこと。
そうだ、新垣に『外出せ』と言えば行けてたかもしれないのにな。俺ってこういう時こそ頭使えばいいのに、混乱してなかなか考えられなかったわ。
もう、いいんだけどさ。あー、でも今日もサラダにシーザードレッシングはないのか……んー……。
いや、もしかしたら、
「ごめんな、航大。俺、昨日が楽しくてまだ買ってないんだよ」
「あまり期待してないから」
儚く散った思い。
口ではこう言っても、俺自身どこか期待していたんだ。新垣だし、ここまでやっちゃう新垣だし、理解の出来ない新垣だけど。……やっぱなに期待してんの、俺。
鳴った腹を押さえていた手で目元を塞ぎながら気分を変えようとする。
――どんだけ俺はベジタリアンなんだ、どんだけ俺はベジタリアンなんだ、どんだけ俺はベジタリアン……――
よっしゃ。
「顔洗う。腹も減った。あとトイレ」
喋らない新垣を無視して俺は掛け布団や毛布を剥いで、ベッドから立ち上がり、ドアの方へ向かった。すぐに追いついて来る新垣に、反応だけはすげぇはやいのな、と思いながらやっとこさ覚えた大きな廊下を出る。
「こうた、」
忌々しいこの手錠とも、二日で終わる。
「こーた、」
飯は美味いし、風呂も正直楽だ。ドライヤーで乾かしてもらえるオプション付きだしな。
「こた、」
ベッドも良ければ、普通のままだったら最高に素晴らしいお泊り会だったと思う。
「航大、」
――まだ、あるんだけど――
呼び止められて掴まれた腕。微かに鳴った音は手錠のチェーンが絡まったもの。
どうした?とわざとらしく聞き返す俺も性格が悪くなったかな。
「今日は、一緒に買い物へ行こう」
「……ほお」
どういうわけか、不安そうな表情を浮かべる新垣 元和は俺と買い物に行きたいらしい。勝手に“傷付いてんじゃねぇよ”……精液ドレッシングの出来事で。
俺の反応が正しいんだから。
買い物の件で頷くままに掴まれた腕をはらいながら洗面所へ向かう。
疲れた体は一日中、保つわけがないんだ。おかずにされた身で考えれば、なにもしてないから疲れる事もないだろうと思うだろうが、そうではない……。
精神的にも追いつめられるし、なにより信じられない事かもしれないが俺のモノを抑えるのに必死で耐えてたから、疲れてんだよ。
気にせず一人でご飯を食ってよう、なんてのも出来ない。……めちゃくちゃ荒い息がそばで伝わるんだぜ?
それなのに一人だけ普通に食ってるとか、おかしいだろ。なにもかもに慣れていないこの俺には、そこまでのスルースキルがない。ただし、スルースキルはないが急に俺が新垣にたいして冷たくなっちゃってさ。
いや、いつでも相手にしない気分で接していたんだが、昨日ばかりは自分でもわかるほど素っ気ない喋り方をしてしまった、というか……いつもの俺とは違うと察したらしい新垣。
それで“傷付いている”みたいでもうめんどくさい。こういう時のメンタルは弱いのかよ、と。
俺の日常生活で今この時がマックスでおかしいはずなのに、なにを今さら……と、思ってはいる。けど、どうも……どうしても抜けないんだよ。
「航大、準備出来た?」
親友の、新垣 元和ってものが。
「あとは上の服を着替えるだけだ。――が、これ外せ」
洗面所のあと新垣は着替えを伝えるだけ伝えて、部屋には入らずどこかに行った。そこでジーンズに着替え終わったと同時にすぐ戻ってきた新垣はドアから覗くように聞いてきたのだ。
このタイミングの良さ、もしかしたらこの部屋にもカメラが付いてんのかなー、なんて思いながら差し出す両手に新垣は胸ポケットから小さな鍵を出して、外す。
「本当はあまり……外したくないんだけど」
「ふざけるな。つーかもうこんな生活とはおさらば出来るし、俺はウキウキする気持ちでいっぱいなんだけど」
最後に力があまり入ってない拳を腹に捧げながら新垣の横を通る。
「あッ……待ってこうた、縛ったままでは着替えられないだろ?」
おっと、タオルの存在を忘れていた。
* * *
別に久々の外ってわけではない。学校の日はもちろん登校してるわけで、解放感があるとか思わず普通に外に出て歩いてるだけ。監禁、なんて言葉だけで逃げようという考えはこれっぽっちもないから。
新垣みたいな坊っちゃん様にはあの秘書、兼、新垣の世話人である桂田さんが車を出して行くのかと思ったんだが意外も意外で、歩いている。
歩いて、街並みに溶け込んでいるんだ。俺からしたら日常なんだけど、こいつからしたら非日常かもしれないだろ?
いや、これは俺のただの偏見なんだけどな。
こいつのなかの普通は、世話人が買い物行くだろ、とか思ってそうだし。
「もちろんドレッシングを買いにだろ?」
「あぁ。あとは他も、と」
でも桂田さんに新垣は言ってたな。しばらくは俺に近付くな、って。もっと緊迫した空気だったけど。
「俺たまごかけご飯でもいいんだけど?」
「たまごかけご飯?悪いけど俺それは食べた事ないんだ」
「はっ!?」
「知ってはいるんだけど、機会がないというか……」
たまごかけご飯でここまで会話が広がるのも変だな。でもこういう空気を味わえたりするからさー。完全に新垣を嫌いになれない俺って心広いのか、なんなんだ。
俺の頭が、おかしくなっているのか。
そんな考えをしていた時――。
「あれー?もしかして、新垣?」
後ろの方から新垣の名前を呼ぶ声が聞こえた。先に俺が振り返ると、男三人だ。
一人は新垣に負けないぐらいの爽やか男、もう一人は片手を上げて新垣に気付いてほしいのか振りまくる元気な男。
一言で片付けるならイケメン野郎な二人だ。
そしてもう一人の男は、二人からすると浮くぐらい平凡な顔した男がスマホをいじっている。――誰だ?
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