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ここは一つ、ブレイクタイム

  「――それからその日、俺はあの学校から抜けようと思って、夜中に寮の入り口まで行けたんだけど木下に見付かってさ。口止め料として二万を渡したんだ。財布も落としてたし、手持ち金はそれしかなくて……んっ。金があればなんだって出来るだろ?航大、こんな考えをする俺を嫌わないでね」 「ちょ、」 「あの時、最後が木下で俺は良かったと思ってる。あいつだから夜中でも変な声を上げず、その金だけを見つめて、あとはなにも言われなかったし。でも、口止め料なのにどうして返してきたんだろう……ふっ、んぅッ」 「やめ、」 「ちょうど通りかかったタクシーを拾ってカードで支払いをしては家に帰ったんだけど、桂田を始めに両親は驚いた顔をしていたなぁ。理由も言わずに一言“しばらく休む”と言えば、なんか察してくれて、学校の事は触れずに過ごしていたよ。はぁ、こた……きもちいー?」  そう言って湯船に浸かっていた俺は一緒に入っている新垣に、やわやわとこそばゆい刺激を受けていた。握られてるモノは湯の中だからかいつもと違う感じで息が漏れる。  頭や頬にキスをされたり、耳に舌を入れられてはベロベロとしつこいぐらいに舐められて、じっくりゆっくり話を聞くことが出来なくなっている状況。 「やめ、ろって……てめぇッ」 「……航大、こーたは覚えてる?あの日がなかったら俺はこうなってなかったし、愛しい人にも会えなかった。すごくないか?あいつ等がコンビニに行こうと言わなかったら、俺は、」  そこまで口にして、新垣はやっと握りながら動かしていた手を止める。顔中に、首に肩に背中に、キスをしていた動きも止まった。  どうして風呂に入っているか、って?  知らねぇよ。  くそでかいベッドの中で話が終わると思ってたのに新垣は話をしながら体を起こして立ったんだ。解放された俺の体はなにかされる前に伸ばしておこうとボキボキ骨を鳴らして上体を起こせば、話し続けている新垣に腕を掴まれてそのまま風呂直行。  とりあえず頭に入ってる過去話に一生懸命聞きながら脱がされる服と渡されたタオルを持って、シャワーを当てられて、いつものように髪と体を洗われたあと、こうやって湯船に浸かってるわけだが……。 「……一目惚れだった。航大、好き」 「だから、状況を見ろ。考えろっつの……」  ついて行くのに必死な過去の話と、ついて行けない現状に頭が回らない。  俺はお前みたいに良い頭をしているわけじゃないんだから……今なのか、それとも過去なのか、過去なのか今なのかわからなくなるだろうが。 「こた、こーたは覚えてねぇの?」 「あぁ……そんな高い金を払ったような、そうじゃないような……」  なんて曖昧な記憶を辿って、口にしたら腰に回る腕に力を入れて『払ったんだよ』と言われた。  寮から抜け出してわざわざ家に戻った、と。新垣の両親達は勧めた学校にもかかわらずその学校へ“家庭の事情でしばらく休みます”と言ったそうだ。  ここまでは、加藤から聞いてた噂だな。  でも抜け出すキッカケを作ったのは、どうやら俺みたいだな。金銭関係で吹っ切れたのも、俺、らしい。  気になるという人間を桂田さんに数少ない情報で調べてもらって特定したのがである佐倉 航大だとか……実家から――つまりは、ここから――行き来出来る距離だと知った新垣に、火がついてしまったらしい。  木下さんが毎日毎日うんざりするぐらい話しかけてきた内容がようやく理解出来た、って。男が男に恋をするのは、あり得るんだって。ときめきもあって、会いたくてしかたがなくなるんだって。  会いたいんだけど、佐倉 航大は新垣 元和を知らないから。どう接すればいいかわからない小心者だから、まずはお調べがてら、金を使って写真を撮ってもらうよう〝専属〟を付けたとか……。  その専属とは盗撮はもちろん、俺が中学二年生になってやっと自室に設置してくれるエアコンの取り付け業者になりすましては隠しカメラを付けたとか。  もちろんそのなりすまし業者はちゃんとエアコン工事をしてくれたし、今でも夏と冬はお世話になっているぞ。  けど、まさかだろ。まさか新垣が頼んだ業者だと思わないだろ……。電気屋で買ったエアコン。それと一緒に業者を頼めば割引キャンペーンをやっている、と店員にすすめられたから『じゃあ、お願いします』と言った母親の裏で、新垣家の誰かが業者の取り引きをしていた――とか、ぶっ飛び過ぎだろ。  そこまで考えないぞ、中学生は。 「ストーカーのキッカケも俺かよ……」 「そういった類ってだいたい被害者のキッカケで、こっち側は加害者になるんだろ?」  ……納得したくねぇ。  だってこっちは――被害者は――記憶にないんだから。 「……全寮制だった学校は?」  なんとなく、なんとなくだが、おさまってきた下半身に触れられていない今、ここで頑張って普通に戻らないとあとがツラいと判断。がっちりと押さえつけられてる体は後ろに振り返られなくて、頭を新垣に預けながら上を向いた状態で話しかけた。  顔を下に向ける新垣。  目が再び合うまま、整ってるその顔を殴ってボコボコにしてブサイクになればいいのに、という感情が芽生える。 「あの学校で、中等部生としては、卒業したさ」  加藤が聞いた話と、やっぱ同じなんだな。 「もちろん、航大を調べて同じ学校に行きたかったから今の学校に願書届出したけど」  濡れた手で俺の前髪を触ってくる新垣。湯船に浸かってるままだから洗ってくれた髪も濡れたまま。  滴る雫は目に入りそうなラインを伝って落ちた。 「今の学校でも親から文句は言われないから」 「……そういう問題じゃねぇだろ」  溜め息交じりで言えば軽く笑って額にちゅっ、と音を立てて口付け。  もう驚かない俺は耐久がついて来てしまったのだろうか。 「あれは?木下さんが言ってた〝匿い〟とか〝タイミング〟のズレとか……」  運とかも言ってたな。  最後に付け足して聞いてみようじゃないか。どうでもよかったんだけどさ……ここまで聞いたらもうなんか、引っ掛かるもの全て聞いちゃおうかと思って。  新垣の気分が暗くなり、泣いてまで知られたくなかった過去は、それほど重くないものだ。本人がそう言ってるんだから重くないだろ?  額にキスされたあともまだ俺の髪を触る新垣。クスクスと笑うこいつにイラつきはあったものの、話が進まなくなると思って抑えた俺は大人だ。  もちろん暴力で解決出来るならとっくに手を出しているけど、新垣 元和はそういうので勃起する奴だからなぁ――。 「あー……昨日の話を聞けば、そういったコトを……イジメをする奴等がいなくなっただけだろ」  ちゅっ。 「五十嵐という奴が、なにかやったみたいだけど。あいつにそんな権力があるなんて俺は知らなかったな」  チュッ。 「匿いは、俺の抜け出しを告げ口しなかったこと。運やタイミングの悪さは、なんだろうな?もしかしたら五十嵐の心を動かした奴がいて、そこから権力を使ったかもしれない」  ――ちゅっ―― 「やめろって!お前いちいち話の区切りでデコにちゅーすんな!集中して聞けねぇよ!」 「いてて……っ」  格好は変わらず、新垣の胸元に頭を寄せて顔を上に向けていた。  触られる髪も好きにさせていたし、キスされる事もスルーしていこうと決め込んでいた矢先だ……抵抗を見せない俺に調子乗ったのか、こいつが息継ぎするたびに額に口付けをしてきた新垣。  イラついて、ザバッと水音を派手に立てながら頭を両側からわし掴み。その後、拳を作ってぐりぐりとコメカミにねじ込み押し、いわゆる梅干技をかける。  しつこい。……忘れていたわけではないが、本当にしつこい男だ。俺と会う前からこんなにもしつこい人間だったのか?  いや、そうでないとここまで出来ないしつこさだ……マジで素質あったんだな、ストーカーの。 「はぁ……で?あとは?」 「……あと?別に、ないな」  離した両手に問う言葉。返ってきた新垣の返事はあまりにも呆気なかった。 「お前があそこまでして泣いた理由がわっかねぇよ……目まで赤くしてたくせに」 「……」  もう呆れて声も出したくない。そのせいで固まる俺にまたキスしてくる新垣。今度は目元だ。溜め息を出すのも惜しいものだった。  そりゃあ金銭的な問題は正直、俺が考えてもわかるものじゃない。つーか金なんてなくなるもので“なくならない金”なんて発想も想像も出来ないから、やっぱり俺と新垣――凡人と金持ち――は違うんだな、とわかった瞬間。 「こんな俺、嫌いになる?」  頭を元に戻して真っ白い壁を目にうつし、白過ぎて目の奥がチカチカする感覚に襲われてた時、新垣が俺の肩に顔を埋めて聞いてきた。  ちょうどいい湯加減だったのが長風呂のせいでぬるくなってきてるような気がする。そのおかげでのぼせる事もなく入れてるわけだが……風邪引くな。  もうくだらない話として片付けて、さっさと出よう。 「どんなお前だよ……」  俺も同じく新垣の肩に頭を乗せながら答えると、くぐもったような声で――情けない、最低な俺――と言った。  体にまきついていた腕は同時にグッと力が入っていて、こいつなりの緊張感が伝わる。  それがおかしくておかしくて、嘲笑いをした俺は目の前にある新垣の耳を噛み付いて――震える新垣を楽しむことにしようかな。 「そんな新垣より、もっとドン引きするような新垣の姿を見たことあるからなぁ……」 「こっ、た……!」  何気に、明日でこの生活が終わる事を惜しいと思ってんだよ。溜め息を吐く惜しさと似てて、思いたくもないこの気持ちに。 「ぁっ、待って、こた……耳、」 「んー?」 「はあ、んっ」  はやい。こいつの性欲は底なしなのか。  でかくなるのが、はや過ぎる――。  

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