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最終覚醒――とか言って

  「……変わらねぇな」  朝、起きたら外されていた手錠がハメられていた。同じようにタオルで縛られての手錠。  なんだこれは。俺に恐怖もなにもないとわかっていながらももう一度ハメてくるのか、あの野郎。  別にいいけどさ。  だって今日で終わるんだぜ?  あ、正確に言えば明日の朝で終わるのか。それで夕方には帰ってくるらしい母親と父親。土産はなんだろうな。菓子がいいけど、変な服とかストラップだったらすげぇいらないんだけど。  そんな事を考えながらの、朝。  嬉しさと楽しみな気持ちが溢れそうでもったいない。 「あー……朝ってツライなぁ……つーか休み明けの朝がツラい」  誰に届くわけでもない独り言。それなのに、 「おはよ、航大。ツラいのはわかるけど、ご飯も出来てるから」 「……」  ドアを開けて言う新垣はまるで俺の隣で独り言を聞いていたかのように喋る。……実はこの部屋にも隠しカメラと盗聴器、あるんだってさ。  昨日、変態的な自慰行為を見せられたあとに言われたこと。  やっぱりというか、なんというか……別にいいけどな。  諦めるのも大事だと気付かされた一週間だった。 「あ、そうだ」 「いてっ」 「なんでまた手錠なんだよ」  ベッドに近付いてきては掛け布団を捲ってくる新垣の頭を殴り、ハメられてる手錠を見せると同時に体を起こす。  やっと聞き慣れてきたチェーンの鎖音を鳴らせば新垣は首を傾げて、俺のだから?と口にした。  ちょっと待て。 「俺はいつお前のになったんだ?」 「うあ……こ、たっ」 「あ?」  躊躇いなくも掴む手は新垣のモノ。いや、ちょうど目の前にあったから、つい。  わし掴みされて痛いのか眉間にシワを寄せて歪ませる顔。いやいやいや、痛いよな。これ絶対に痛いわ。同じ男としてわかる痛みに俺のモノは朝勃ちどころか萎えに萎えまくってるっつーの。  生理現象には敵わないんだろうけど。 「なぁ、新垣?いつ、俺は、お前の、ものに、なったんだっけ?」  わかりやすく、はっきりと言う俺の問題点。 「はぁぁっ……こたっこた、ごめ、」  制服ではなくまだ部屋着だった新垣のモノを掴むのは容易いことだ。こう、下からガッ、といく感じに形や大きさが直でわかってしまうのが残念だが、服越しだからいいかなって。  躊躇うはずがない。……これが俺のケツのナカに入ってたとか。 「こー、た……!ちょうし、に、乗って……ごめ、ん……ンんっ!」 「だろ?お前が勝手に決めちゃったことだもんな?」 「んっ、うん……っ、そー……!」 「……」  しかしすごい。  こんなので勃起し始めてるこいつのモノがすごい。なんか、揉みたくなるよな。……あ、ならねぇか。  感覚、やられてるなぁ……。 「ぁ、ン……でも、でも航大……」  なんだか自分自身にヤバさを感じて、掴んでいたモノを振りほどくように離せば新垣の頬が紅潮にそめあがるまま座り込んだ。……興奮してるのか。 「なんだよ」  忘れることにしよう。今の俺は、忘れることに。  切り替える気持ちでベッドから立ち上がろうと足を出せば、今度は新垣から足を掴まれて、撫でられる。 「なぁ、もう俺の独断で言わないから……言わないけど、俺のだって……思うだけは、いいだろ……?」 「……」  まだ落ち着かないのか、息を少し荒らしながら涙をためている目で俺に言った新垣。  思うだけなら……と考えた俺は、そこだけはどうでもいいか、と結果を出して頷く。 「まあ、それなら」  ――思うだけなら、な。  いつもならダルさも紛れる月曜日の騒がしさも不思議と安らいでて、手錠も縛られてたタオルも外されてるから解放感に満ち溢れる。  制服のポケットに手を入れながら、カーディガンだけじゃなくブレザーも着てきて正解だな、と一人心の中で満足する俺を傍から見たらどううつってるか……表には出てないはずだから大丈夫か。  学校間際のこの真っ直ぐな道。同じ制服を身に纏った奴等ばかりですれ違うたびに知り合いから『おはよう』の嵐だ。  ほとんどが、新垣への声掛けなんだけど。 「おはよ、航大。なんか疲れ切ってないか?」  そんな新垣祭りに俺も声をかけられた。  そいつは一年の時に同じクラスだった――今は隣クラスの奴。部活で忙しいし彼女もいる、たいへん充実した毎日を送ってる男からの声。  久々に加藤や伊崎以外から挨拶を貰った俺は素直な嬉しさもあり、へらっと笑っては『おはよう、そうか?』と返す。  今日は朝練がないんだとよ。それで途中までだけど彼女と登校したって。  めちゃくちゃ笑顔なこいつにギャグ嫉妬心全開で腹をゆるめに殴ればバカ笑いして先に行ってしまった。けど話しかけてくれた事に大満足してる俺は再び手をポケットに入れ込む。  結構、仲が良いのは伊崎をはじめに加藤と新垣だけだ。さっきみたいなノリが出来るのも数少ないが、あいつも良い奴。友人が少ないかどうか聞かれたら迷わず少ないと答える俺でも、話しかけられたら嬉しいのなんのって、なぁ? 「……航大、帰りにクレープ食いに行こう?ほら、ワゴン車のあそこ」 「あぁ?……あぁ、あそこな」  大満足の俺に話しかけてきた新垣。控えめな声に疑問は抱いたものの、考える俺は思い出す。  そういや昼から夕方にかけて売ってるところがあったな。新垣の家に帰る道より俺の家に帰る道の途中にあるから、ちょっと遠回りになるが……いいか。  たまには存分に甘い物を食べてもいいだろうと思い、二つ返事の良い意味で頷こうとしたら学校の校門前までついてしまった。  その時、押されるかのように背中から重量を感じ取る。 「こっうたーっ!おはー!」 「ちょ、おも、おい!」 「うは!急で驚いたな?」  そういう問題じゃないぞ、飛び乗っかって来た加藤と、それを笑う伊崎。 「新垣も、おはよう」 「あぁ、おはよう。寒くなってきたよな」  まだ俺の背中に乗る加藤と『退け』『無理』合戦をしていれば伊崎が新垣を気にして声をかけていた。そういやクレープの返事ってしたようで、まだしてなかったな……まぁいいか。  どうせ今日も一緒に帰ってあの家に戻るんだから。ていうか席も隣同士。タイミングなんて山ほどあるからな。  伊崎と新垣を横目に足をばたつかせて遊んでくる加藤の腕を抓りながら俺は頑張って歩きだす。どっちかっていうと加藤の方が重いのに、なんで俺がおんぶする側に回らないといけないんだ。 「新垣ってマジでイケメンだよなー。遠くから見たら光り輝いてやがる」 「いや、あいつよりまたさらに輝いた男いるから」  諦めた俺は加藤を支えはしなくとも昇降口まで足を進める。休みの時に会った木下さんに、王司さんを思い出しながら。  新垣もカッコいいと思うが王司さんを見るとまたさらに上って感じで尊敬してしまう。  ふわっと笑った瞬間とか。この学校にいたらみんなノックアウトするぜ、あれ。 「航大は最近、男相手……っつーか、新垣相手に厳しくなった?」 「はぁ?厳しく?なにが?」 「あー……遠慮しなくなったというか、今までもそんな感じだったけどさらに増したというか?ごめん、俺もわかんねぇんだけどさ」  そこでやっとずるっ、と背中から滑り落ちてくれた加藤の表情は苦笑いを浮かべていた。なにが言いたいのかわからず俺は加藤に曖昧な笑みで首を傾げる。  伊崎も呼ぼうとしたんだが、まだ新垣と喋ってるから。  そういえば今日は課題ノートを返される日だったか……。週末に提出したものだったが担当教師の都合かなにかで週明けに渡すっていってたしなぁ。  課題は課題だから別にいいんだけど。 「航大ぁ、今日の休み時間はババ抜きな」 「また加藤が負けるんだろ」  乱暴に置いた上履き。伊崎と新垣を見れば、伊崎は笑ってて――新垣は複雑そうな顔をもろに出してて少し考えた。……あの二人で共通する会話って、例えばなんだったかな。  

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