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加藤(7)伊崎
* * *
休み時間はずっとババ抜きだった。
授業と授業に挟まれている短い休み時間はもちろん、昼休みなんて何度勝負すればいいのかわからないほどババ抜きをしていた。
考えても加藤が負ける、なんて伊崎と予想出来ていることなのに本人は全く諦めずに『次!』『もう一回!』『わーんーもーあー!』と叫んでは腕を掴んでくるから厄介。
その隣でジッと俺達を見てくる新垣にもイラついてしまったが、こいつはしょうがないよな。
隣同士の席に気持ちがおさまらないキッカケを持っている。が、しかし……今まで我慢出来たんだから煩わしい視線を送ってくるのはやめてほしい。
「なんでだ……」
「もう言ってやれ伊崎」
勝敗の悲しみで顔を伏せる加藤。それでもカードをかき集める姿はまさに男だ。情けない男。
なにもわかっていない加藤に俺は呆れて、飽きてきたババ抜きをもうやりたくなくて、伊崎にヒントを言ってやるよう口にする。
「だって加藤、顔に出易いんだもん」
俺の顔を見てなのか、それとも加藤を見てなのか、それとも他のことがあってのことなのか――わからないが、声を上げて話す伊崎は機嫌が良い。
もうずっとだ。朝からずっと。言えば新垣と挨拶したあの時から、ずっと。そんでもってジッと見てくる新垣の機嫌はあまりよろしくない。
いつもなら爽やかな笑みを周りに振り撒いてるはずなんだが、今日に限って頬杖をつきながら、睨みに似たなにかを寄越してくる。
周りから話しかけられても総無視して、そいつ等が制服を引っ張っても肩に触れても目の前で手をひらひら動かしても、新垣は動かなければ喋らないでこっちをずっと見ている。
気持ち悪いのはわかっていた事なのにここまでされるとまた一段上がった気持ち悪いさがあってなにも言えなくなる俺は背中を向けているわけだ。
俺の視界に新垣が入らないように。
「俺ってそんな!?」
「そんなそんな」
でも加藤をはじめに伊崎もそんな新垣に気が付くはずがないから。俺にしかわからない気付きだから。だから二人は新垣を見ても目が合ったら軽く会釈する程度な行動をするわけで……なぁ、そいつ本当はそんな奴じゃないんだぜ?
俺を監禁したいと言い放った清々しいストーカーで変態なんだぜ?――そう言ってしまいたくなる。
「あっ!もしかして航大も俺の顔で判断していたのか?」
伊崎が言ってくれた答えに近いヒントを聞いたにもかかわらず再度聞いてくるこの姿勢……嫌いになれないからツラい。
頷く俺を見てさらにショックを受けたらしい加藤は泣きそうな目を堪えながらのカード切りをするから諦めが悪い!
加藤も好きでバカをやってるわけじゃないくせに立場を考えて動くとなるとバカポジションしか見当たらないのだ。特別頭が良いとかなにかを作れるとか、そういった才能はないけど、それなりに楽しんでる俺と伊崎もバカなのかも。
「顔に出るなら次はジジ抜きをしようぜ。あれならジョーカーじゃなくて、これがジョーカー扱いになるしな!」
切り終えたカードの一番上を一枚だけ見ずに取り、机の隅へ置いた加藤。
確かに今抜いたカードとペアのカードが残った奴がジジ残りだから数字もわからず進むけど……つまりは加藤もなにが合わないカードなのかわからないから顔に出ることがないと言い張りたいんだろうか。
こいつはどこまで負けず嫌いなのか。次の授業まで時間がないぞ?
そんな心配を黒板の上に設置されてる時計に目をやるが、その一瞬、運悪くも新垣と目が合ってしまった。
背中を向けていた俺なのにどうして目が合うんだ。あれか、新垣のなにかしらのオーラに引きつけられて視線が自然といっちゃうのか?……それって俺から新垣を見た事になるじゃなねぇか。
「こーた、」
――ガタッ、と、椅子が鳴る音。
「次おまえー」
伊崎に言われ、手札をずいっと俺の前まで持ってくる。
急かされた気持ちで俺は新垣から伊崎へと視線を戻しながら適当に一枚引けば同じペアが見付かり、引いたカードと自分の手札からカードを取り、机の真ん中へ二枚のカードを放り投げた。
次は加藤が俺のカード引く番だ。こいつが引けばはやくも俺の手札は二枚だけになるわけで、
「航大の野郎もう手札が二枚とか……」
「加藤が航大に勝とうだなんて無理な話かもしれないなぁ」
「そんな事ねぇの!……あ!ペアあった!ラスト一枚!俺がいち上がりだぁ!」
「……」
さっきの……椅子を引きずった音が気になった。
もうすぐ授業が始まるからといってもまだ席についてない生徒はいる。一つの椅子で音が気になるなんてないはずなんだが――。
「佐倉ぁ、これこれー」
そこで俺の名前が呼ばれた。
声が聞こえる方へ顔を向ければ目の前にノートがあらわれる。
あぁ、これって提出した課題のか。
そう思いながら受け取ればそいつは加藤と伊崎のぶんも持っていたみたいで『ついでに』と言いながら渡していた。
まさかの加藤がいち抜けという展開に一人だけ喜んでいる加藤だが俺と伊崎からしたら“よかったな”と思う程度で悔しい気持ちも持たずに続けるだけ。
伊崎の手札から一枚のカードを引く。――なかなか揃わねぇな。
「お前こっちとはどうなの?」
「加藤、おまえ直球過ぎんだけど」
小さな勝負でお互いがお互い、同じカードばかり引いては抜かれる繰り返しをしていれば加藤とノートを持ってきてくれた奴が話し始めた。
そういやあいつってホモなんだっけ、とさほど興味のない考えにまた同じカードを引いてしまった俺。
あの会話からしてノートを持ってきてくれたやつにはお相手さんがいるんだろうよ。加藤もそこまでの事情を知っていたんだなぁ。やっぱ気になるもんか?
気になるか。同性同士だもんな?
「……チッ」
「このカード見飽きたな」
同じ繰り返しである許しは限度があると思っている。二回までは見逃すが、三回目でキレる性格のやつっているだろ。三度目の正直ってわけでもないんだけど。
ジジ抜きって嫌いだ。
「まぁ、順調というよりは、飽きてきたというか」
ノートを持ってきた奴が俺の手札を見て、伊崎の手札を覗きながらの最低発言。あぁ、こいつ噂では遊び人なんだっけ。
「なんか殺伐とした感じが、俺には欲しいというか――佐倉、右」
左を引く直前に言われた言葉に反応してしまった俺は伊崎が持つ右のカードを引く。すると呆気なく揃ってしまったペアカードに最後、机の真ん中へ投げた。
こいつは頭や下半身だけじゃなくて普通の遊びにもゲスい感じを出してくる男なんだな。世の中顔が良い奴は全員酷い奴等なのか?
恐ろし過ぎる。
「あー、七生 なんで言っちゃうんだよ」
「悪い悪い、なんか二人がイラついてたように見えてさ」
ノートを持ってきてくれた奴。最低でゲスくて酷い性格の持ち主の名前、七生。こいつの“相手”になった奴は可哀想だよなぁ。
その分、新垣が気持ち悪い変態ストーカーだけでよかったわ。――と……。
「いや、変わんなくね?」
独り言で首を傾げると、七生から肩に腕を回されて近過ぎる顔との距離に若干引いた。
七生とはそんなに絡んだ事などない。むしろ挨拶するほどの関係性で来年、三学年に上がってクラスが違っていたら本当にそれだけの存在だと、お互い思っているはずだ。
なのに、なんだこれ。どうして肩に腕を回されなきゃならないんだ。
新垣の件があるとしても周りには公言していなければバレてもない。俺は俺で、佐倉 航大という普通の生徒としているはずなんだよ。……そこにちょっと新垣が混じってるくらいであって、あとは加藤と伊崎。
「なぁなぁ、佐倉」
「……っ」
うおー、耳元で囁かれてるわ。気持ち悪ぃな。七生も気持ち悪かったわ。最低でゲスで酷くて気持ち悪い四拍子揃った人間とか、俺が容赦しないけど大丈夫か?
聞こえもしない問いに身を引いてみようと試みる。
「お前、みょーに色っぽくなった?」
「……なんのことだよ」
無理だった。
無理だったんだが、加藤くんと伊崎くん――お前等、俺を助けろよ……!
なにポカーンとしてんだよ。
「佐倉ってよく見るとイイのかもしれないな?」
「……頭と目と下半身と精神がおかしいんじゃねぇの?」
そこまで言うと、おかしくなってる七生が空笑いをしながら肩を撫でてくる。
新垣で気持ち悪さの耐久が身についたと思ったんだが、そうでもないらしい。新垣だから、耐えられたのかもしれない。
癪だが、もう一つの考えを実行してみるか。新垣の目を見るってやつ。
機嫌の悪い今のあいつなら上手く躱せそうな気がして、七生と離れる事が出来るかもしれないだろ。
そう思い、ビクともしない七生を押しながら振り返ろうとした時――耳に響く、机や椅子を倒した音。
忘れていたわけではないが、瞬時に、あぁ――そうなるよなぁって。呑気に思った。
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