36 / 42
ドロリッチ=表
俺よりも先に七生から、加藤、伊崎、そしてクラスのみんなが音に反応して俺の後ろに目を向ける。
見るタイミングが一緒過ぎて笑いそうになったがここは我慢しとこう。というか七生の腕をここで外すべきだな。
「びっくりした……どうした、新垣」
まあ、遅かったんだけどさ。
「なんでお前がそこに座るの?」
「いや、なんでって……というか腕、痛いんだけど」
俺より先に新垣が七生の腕を掴んでいた。
お前はヒーローかなにか気取りか?
ここまで注目を浴びるほど大胆な行動するなよ。もっと穏便にいけるだろ……こんなクラスのみんなから目を向けられちゃって、バカなのか。
あー、いや、俺も新垣に助けてもらおうという考えはあったけどさー。
「なんでお前が航大にあんなこと言うんだよ」
「だから、さっきからなんなんだ――て、いでででっ!ばっか!いってぇよ!」
あまりの痛さで椅子から立ち上がる七生と、構わず続ける新垣は腕をひねっていた。
見てるこっちも痛そうでなにも言えない。俺はなにも言う気ないんだけど。
でも今まで一緒にいた加藤と伊崎からしたら混乱してるみたいで、いまだに動こうとしない。まぁ、こいつ等だけじゃなくてクラスのみんなも動こうとしてないんだけどな。
それもしょうがない。
俺と居過ぎてカスれてきているが、新垣 元和は人気者で爽やかで面白くて空気の読める男。七生とは真逆の四拍子揃い人間なんだ。
そいつが急に人の腕を掴んでは痛みを与えてるなんて行動したら、驚くに決まってる。当事者の七生はもちろん、流れを知りつつもそばにいた加藤と伊崎すら展開についていけてないから。
それもしょうがない。
だってみんな俺と新垣の関係を知らないし、それを知ろうともしていないからな。つーか新垣は知らないが、俺はホモじゃないから。けど俺は新垣の気持ちを気持ち悪いほど知ってる。
新垣も伝えきれてないと思いながらも、とにかく口にしている“好き”などの言葉。あと新垣の性格な。
どう考えても、七生とのやり取りが引き金に机や椅子を倒してまでおかしくなったんだろー。
「あんま、というか、もう航大に触んなよ」
「はい?新垣に関係ないだろ?」
「おい、やめとけって」
ただ、静か過ぎる教室で俺の名前を連呼してほしくない。変に目立ちたくなければ変じゃなくても目立ちたくない俺だ。
眉間にシワを寄せてはまだ痛がる七生の腕と新垣の腕を掴みながらの仲裁に入った。……あ、これも目立ってないか、俺。
「……」
「はぁ、なんだこれ」
七生が呟いたその台詞はこっちがつぶやきたい台詞だ。
元はといえば七生が俺に変な事を言うからだろ。くっついてきたり肩を撫でてきたりとかも含めて。
七生の溜め息が移ったのか俺も同じく息を吐き、新垣を見る。我に返ったんだろうか。
おろされた腕をぷらぷらさせながら表情は俯いているからよくわからないが、たぶん暗いものを浮かべてるんだろ。んで、最後は謝って席に着く。
さすがの新垣も素は晒さないだろうし、晒したところで俺はぶん殴るぞ?
正直な話、あまり知られたくないからな。――俺と新垣について。
「どうしてだよ……」
なのに思考が違う奴はとことん違うらしい。
「は?なにが?」
新垣からやられた急なものにイラつきを見せる七生が言い返した。
「お前じゃない。なぁ、航大、」
俺かよ。
嫌な予感をさせつつも視線は動かさず、俺を見た新垣。
なんともいえない、情けない顔は何度も見てきた。ストーカーが発覚する前の新垣も、発覚する直前も、この七日間で起きたアクシデントの時も。
本人はなにをカッコつけたがってるのか知らないが、俺がどうでもいいと思うところまで自分を良く見てもらおうと頑張ってる……らしい。
だけど考えろ。
手錠の時点でアウトだろ。
「航大ってば、」
しつこく呼ぶ俺の名前に舌打ちを押さえつつ、だけどイラついてるから低い声で『なんだよ』と返事。
そんな俺の声を今まで聞いたことがなかったせいで、視界に入ってくる加藤と伊崎が俺をガン見しているのがわかった。
新垣から目を離す気がないから、俺は二人を見ないけど。
「なんでさ……」
「は?ハッキリ言えっつの」
「なんで……」
新垣と喋ってて気付いた事は、周りが騒ついてきたことだ。
俺みたいなやつが新垣に冷たくしてるんだもんな。親友を理由にだいたい笑って接してたのに、これだもんな?
言いたいことを、俺に伝えたいことを言わない新垣のせいで余計にイライラが募る。まぁ爆発するとか……それはまずないんだけどさ。
だって俺だし。
「……七生、腕は?」
「あぁ、まあ……」
埒の明かない話をしたって無駄の無駄だ。もう授業も始まるどころか過ぎている時間に教師が遅刻しているんだろう。
新垣に掴まれた腕を見せてくれた七生。
どんだけの力を使って掴んではひねったんだ、と聞きたくなるほど赤くなっていた。そういえば新垣って護身術とかやってたんだっけ?
それのせいか?
「冷やしとけ。お前も悪いんだけど――」
なんとなく適当かつ真面目に七生へ言ったあと再び新垣を見ると、傷付いた顔してさらに泣きそうになっていた。
「新垣?」
「だからなんで、なんで航大はそっちを庇うんだよ……!」
「……はあ?」
こいつそろそろいい加減にしろよ。
嫌な予感をさせてもう何度目だ。それでいてその嫌な予感が的中したのは何回中、何回当てた?
考えてみれば新垣にかかわることなら全部当たっていたような気がする。ていうか、当ててた。ということは、だ……新垣の奴、暴れんじゃねぇの?
「航大は俺とずっといる約束しただろ?」
してない。
「こーたの呼び方だって俺だけのはずだったじゃないかっ」
初耳だ。
「なのにっ……こうたは、こいつに返事をした……!」
いつの話してんだよ。
「こたにはムリヤリ気持ちを作らせずに、俺は待ってるのにっ、他の奴等のは受け取るんだ……!」
「……」
静かで騒がしい教室内。その中で突然、叫び散らしては片腕で顔を覆う新垣。
泣いてんのか。なぁ、泣いてんの?
こんな教室で――?
「航大は俺ので俺は航大ので、ずっと一緒にいてくれて愛してて愛し合いたくてっ、けど好きなんて感情はこんな俺に向けてくれないから!すぐに向けてくれないから!だからちゃんと俺は航大の気持ちが整うまで待ってるのにっ……!航大にはその気が全くなくて、なのにこんな男に言い寄られた挙句ずっとずっと秘密にしていたことが“あいつ”にバレてっ……!ほんっとに何様なんだよ!おれのほうがこうたを愛してんのに!一番知ってるのは、俺なのに――ッ「うっぜぇな……」
また、さらに気付いた時には右手が痛かったし、新垣が座り込んでるし、俺の左足は新垣の顔を――目元を踏んでるし。
「おい……!航大!」
「おまっ、なにしてんの……」
最後には加藤と伊崎に押さえられながら止められている、俺だし。
いつの間にか蹴りもいれていた衝撃で壁にもたれてる新垣は動かない。蹴られて動けないのか、それともただたんにこいつが動かないだけなのか、わからないが虫の息程度で肩が動いている。
冷静に見れてる俺と前から後ろからと俺の体を押さえている加藤、伊崎。他は知らない。
でも一つ言えるのは、もう暴れないから安心してくれってことだ。
「……くそっ」
目立ちたくないと思っていたはずなのに派手に目立ってしまった。みんなの目の前であの新垣 元和を殴る気なんて一生来ないと思っていたのに。
授業を受ける気力をなくした俺は加藤と伊崎の腕をなんとかくぐり抜けて教室から出る。その時、教師とすれ違っては名前を呼ばれた気がするが、無視だ無視。
悪いが今の俺はそんな余裕がない。
変に、ドクドクして、無理だ。
「あ、おい、新垣までどこに――って、血……?」
「こーた……はっ、はぁ……」
ともだちにシェアしよう!