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トロリッチ=裏
「殴っちゃったな……」
感触がまだ残る。じんじんと痺れに似た痛み。紛らわすかのように広げたり握ったりの繰り返しをしながらやってきたのは美術準備室だ。
一人になりたいような、落ち着きたいだけで静かな場を選んだだけのような……少し埃のかぶった椅子に腰をおろす。
殴られた方も痛ければ殴ったこっちも痛いってのは本当だなぁ。俺って新垣のどこ殴ったっけ。顔か?
無難に頬だったりして……どっちにしても殴ったに変わりないからクラスの奴等に醜態を晒しちゃったわけだけど。蹴り入れたのはどこだったかなー……横腹?
というか、目元を踏んでたのはヤバかったかもしれないな……。なんつーか、新垣だけならいくらでも殴って蹴って踏み躙れるんだが、教室でやっちゃったのは失敗だった。
背もたれに寄りかかりながら後悔してもしょうがない反省に天井へ目を向ける。
そういや新垣は〝こんな男〟とか〝あいつ〟とか言ってたな。あの時は叫んでて興奮状態に陥ってた新垣と、本当に嫌な予感が的中した俺の考えに唖然としていたから言えなかったものの……。
「こんな男ってのは、まず七生だよなぁ」
いくらか引いてきた痛みもまだ広げたり握ったりとゆっくり繰り返す右手。足も踏んだせいで不安定な床のイメージが出来てしまい、落ち着かない。
それでも考える新垣の言葉。
あいつって、誰だ。――秘密にしていたことが“あいつ”にバレて……確か、指差していた方向があった。それは俺の後ろにいた奴だ。俺がそいつに背中を向けていた、相手。
どう考えても、伊崎しかいないんだよなぁ。もちろん他のみんなもいたが、その近くで一番当てはまるのが伊崎だ。トランプの順番にしても、加藤が最初に抜けて嬉しさのあまり席から立って、うろちょろしていたし。
新垣を殴った手と踏んだ足以外が落ち着いてきたころ、突然引き戸の開く音がして驚きながらも首を動かす。
「こ、た……」
「……」
しかし驚き損。
相手は、目尻から血を垂らした、新垣 元和。
涙みたいに伝ってる様子はない。途中で擦ったりしたのかその痕がしっかり残っている。
踏んだ時に切れたりしたのかもな。片目尻、見てるこっちが痛そうだ。
俺がやったんだけど。
「……」
「こた……ごめん、ごめんってば……許して、」
「……」
俺の予想。
さっきまで泣いていたせいか声を震わせながらの謝りで絆されそうになる。
バカな俺ってのはよくわかっているんだよ。こんな男に。――そう、オトコにだ。絆されるとか、親友だから“しょうがねぇな”という言葉で片付けられるとか。
そんな男に、最初から甘くしてるのは、この俺だ。
「こうた……」
静かにゆっくりと引き戸を閉めて、おそるおそるといった感じで近付いて来る新垣。フラついて見えるのは気のせいか?
倒れても助けはしないものの、そこまでハガネ精神を持っていない俺からしたら焦る。
「こーたっ、ごめん、思うだけだったのに、みんなの前で、言っちゃった……っ」
「……俺の名前呼び過ぎだっつの」
やっとの思いで目の前に立つ新垣は、イヤらしさのない手の握り方をしてきた。
そんな触られ方が初めてでビクつかせてしまった手だが、どうやら自分に必死になってる新垣は俺のビクつきに気付いてない。
気付かなくて、いい。
「こたァ……」
「……」
甘えてくるように俺の太ももに頭を乗せて腰回りへ腕を回してきた新垣はこの時点で調子に乗ってやがる。が、それを払いのける権利があるかと聞かれたら、すぐに答えられないのが今の俺だ。
普通ならまた殴って退かせるが、こいつなりになにか理由があって動いたのかもしれないからな。
機嫌悪かった新垣にたいして伊崎は機嫌が良かった。
どう考えても二人の機嫌違いになったのは、朝のあれ以来。
「新垣、」
話を聞こうと髪の毛を撫でるように手を添えると、
「こーた……嫌いにならないでくれ……」
なにを勘違いしているのかこいつは余計にギュッと力を込めて、俺のモノ近くまで顔を寄せ付けてきた。
こういうところが気持ち悪くてどうしようかと思う。
ただ、これもまた“思う”だけで退かす実行なんてしようとは考えてない。なんか……目尻の血を見るとそうも出来なくなるというか。俺なりの罪悪感でも浮いてきてるのか?
いや、でもあれは急に喋り出す新垣が悪いと決めつけてるからな。だって新垣が悪いだろ?
こいつが言ったように、佐倉 航大は新垣 元和のもの、というのは心のなかで勝手に思うようなものだった。口にしない約束だった。それは今朝の話だ。
わし掴みしたモノが痛すぎて頷いただけだったが、それでも新垣は『思うだけなら』と俺に確認して聞いたうえでの了承だったんだ。お前は何様だ、と言われそうだが、何様もなにもない。
新垣が自ら掘った枠なのに――数時間もしないうちに暴露したから。
本当はバカなんじゃないかと思うね。なんなんだよ、あの長ったらしい叫びは。加藤や伊崎……七生なんてすげぇ顔してたぞ。クラスのみんななんて黙るしかなかったのかアホみたいな面を晒してお前を見ていたぞ?
そんな新垣を黙らせた俺は、やっぱり殴って正解だったんだ。俺は悪くない。新垣が、悪い。
「ん、おい……次はなんだよ」
「こうた……」
吐息混じりで囁いてくる。慣れなんて俺のなかにはやっぱり存在しないせいか、背けたくなる震え。床に座っていた新垣は、あんなにも殴り蹴って流血するまでの怪我を負わせた俺の膝上に、跨ってきた。
今の俺をどう見て受け取ったのかわからないが、手は出さないと判断したんだろう。
確かに手は出さないな。というより、出せない、といった方が正しい。殴った右手と蹴り入れて最後は顔を踏んだ左足の違和感が残ってるし。
「こーた、これは俺だけに反応してほしいんだ」
か細い声で、けどその意思ははっきりしている言葉。それだけなら許してあげたかもしれないし、意味不明なその言葉に頷いていたかもしれない。
「朝といい、さっきといい、調子にのんじゃねぇよ……!」
「こーた違う、違うんだってば」
頷いていたかもしれないが、新垣は俺のシャツボタンを外しながら吐いた言葉だったから。丁寧に、滑らかな手つきで戸惑いなく。
こんなんだからお前に落ちそうな俺も落ちねぇんだよ。……落ちる気ないけどな。
ボタンを外す手を止めようと掴むが新垣は気にせず四個目のボタンを外し終えたあと、着ていたブレザーと一緒に捲るように左肩を出された俺の気持ちをよく考えろ……行動に理解出来なさ過ぎて逆に動きが止まるぞ。
「ここ、七生に触られただろ」
「……」
スッ、と素肌を触られてよりいっそ鳥肌が目立つ。肌寒さを直に感じ取る俺の肩に新垣の熱いぐらいの手が乗る。そして出された肩へ顔を近付けて、ねっとりとした舌で舐められた。
「んっ、バカ野郎!なにしてんだよ気持ち悪ぃな!」
「んん、んっ、だってここに七生の、」
「関係ないだろ!舐めたいだけだろうがボケ!」
必死に頭を掴んで離れさせようと引くが全く一切動く気なし!
本当にバカだ、本当に変態だ、本当にダメな奴だ!
焦る俺に気付いてるのか気付いてないのか、俺の暴れっぷりも気にせず舐めながら、時に歯を立てて吐きそうなほどの触り方をしてくる新垣の背中を叩く――結局、手が出るが――そんなのじゃ全く効果がない事ぐらいわかっていた。
がら空きな横腹に拳を入れてみるものの、ちょっとした呻き声を上げただけで執着に舐めてくる舌は肩から離れるわけではなかった。
俺に力がないんじゃない。叩かれてる新垣が我慢して耐えてるだけの、話だ。
「いたいのも、イイんだけどさ……」
「おい、」
掴まれた手。
「おれ、航大が好き過ぎるのかもなぁ」
そこで響く硬い音。手首には違和感があり、当たり前だった感覚があたっていた。
「いや……なんでお前学校に、手錠なんか持ってきてんの?」
後ろに回された両手は手錠でまとめられて動かせなくなった。
学校で嵌められるのは初めてだ。というかこの一週間が異常だっただけで、俺の中で拘束される生活とかまず人生のうちで、もうあるかないかの時期だからな。
なのにこんな外にまで嵌められるとか、なんなんだよ。頭打って新垣が動けなくなればいい。
「こーた、俺いっぱいいろいろなもの破っちゃってるな……でもどうしても許せないんだよ、七生が」
「知らねぇよ、あっちが勝手に寄ってきただけだろうが……」
左耳から伝わってくるクチュクチュ音にチクリと痛みも広がってはまた舐められる。
気のせいか?――なんか肩から背中にかけて雫が伝ってるような……新垣の唾液だったらぶん殴るどころじゃないからな?
ここ、学校だからさ。
「でも俺のこたが触られた。まだ普通ならいいさ。けど、あいつの目は本気だったから」
「新垣の目が腐ってんだよ。なんだっけ?木下さんの目みたいな」
「あいつと一緒にすんな」
さすがにこいつの中学時代の友達を出すのは地雷だったか。
新垣は軽く俺の頬にキスをしたあと跨っていた膝からおりてくれた。手錠をされた俺はなにも出来ず、とりあえずキスをされた頬をなにもされてない右肩で拭ってみるものの……。
「だから……!お前は――!」
「ヤらねぇよ……ただちょっと、舐めたいだけ、だから……」
「それちょっともなにもじゃねぇよッ」
ベルトを外してファスナーまで下ろすといういらない行動を取りはじめた新垣。あまりの予想外な展開に美術準備室内で叫ぶ俺。
なんでフェラされることになってんだよ。おかしいだろ。こいつ俺の体舐めすぎだろ。
バカしか言えない気持ちに頭が痛くなる。無理矢理ずらされた制服のズボンに下着の上から萎えてるモノへ顔を埋められた。
「あー、もう……!」
「ん……」
スーッ、なんて息を吸い込んでるのがもろわかりなのと、空気を吸われてるせいかソコが冷たく感じる。
股間のニオイを嗅がれて誰が喜ぶんだよ。恥ずかしさでどうにかなるものも相手が新垣のせいで気持ちすらどうにもならない。
あ、とにかく嫌な気持ちならあるけど。
「はぁぁ……ッ、こーたぁ」
「……きっも」
顔を上げれば、なんといったらいいのかわからない表情を浮かべる新垣。
俺の一言も聞こえてたはずなのに一瞬目が合うだけで、下着も捲られては可哀想な事にまだ元気もなにも盛り上がってない俺のモノの顔が出てきた。
躊躇いもせず口に含ませるなんて新垣からしたら簡単すぎることなんだろうな。ひっくり返した柔らかいソレを裏筋から下にかけてツーッと這わせて陰毛なども気にせず袋までも舐めている。
「……っ」
「こた……すき」
でもさ、俺だからさ。経験とかまず童貞を残してケツから済ましちゃった俺だから。それ見てれば、まあ反応ぐらいはさ……弱いな、俺。
「んっん、」
根元まで口の中に入れられて、また出しての繰り返し。出す際には手で扱いたりするから快感の波をつねに昂らせてくる新垣の性技はどこで学んだんだ、って聞きたくなるほど。
「あッ……に、がきっ」
「こひゃ、きもひ?」
「……ん、」
感じるのも、しょうがないで片付けたらさすがに俺自身の気持ちが疑われそうだ。
弱い俺は我慢汁の出具合もはやいみたいで、新垣の唾液と混ざったジュボジュボした音が響き渡ってる。耳にこびりつきそうなほどの卑音で恥も出てきたせいで足の間にいる新垣を挟んでしまいたくなる。
「はぁッ」
漏れる息に、達しそうな予感をさせつつ与えられる快楽に夢中でいたら――なんだか足音が聞こえてきた。
「んぁ、んうっ……ん、」
「はっ、こた、おちんちんオイシイよ……気持ちイイ?感じてる?」
「うる、せェ……っ」
口を離した新垣は最後だと言わんばかりに上下で擦る勢いと、耳を澄ます努力をする俺。
「――」
しかし、やっぱり廊下で響く音はこっちに向かって来る音。聞き間違いじゃない。
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