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第3話
◇◇
枕元の携帯が唸る音で、目が覚めた。
眠い目を擦りながらも、携帯に手を伸ばして時刻を確認する。
10時5分。どうやら、結構眠っていたようだ。
携帯はその間も、ずっと細かく震えていた。
少し苛々しつつも、画面に表示された名前をよく確かめずに、通話ボタンを押す。
「……はい、もしもし」
『…湊?』
「…ッ⁉︎」
携帯から流れてきた声に、意識が一気に覚醒する。
慌てて画面を見直すと、三原 新 という文字が浮かんでいた。
「に、っ兄さん…⁈」
慌てた拍子に、手から滑り落ちそうになった携帯を捕まえ、聞き返す。
動揺しているのが伝わったのか、電話越しから、兄さんの笑い声が聞こえてきた。
『ごめん、突然でびっくりしたよな』
「う、ううん、全然…!えっと、なに…?」
ドキドキしながら、そう返す。
久し振りの兄の声は、低くて、穏やかで、以前と全く変わっていない。
少しの安堵感を覚えつつ、携帯を耳に当てている兄さんの姿を想像しながら、その声に耳を傾ける。
『お前が家出てってから、お前の新居行ったことなかったろ。今日空いてるから、良かったらお邪魔したいなと思ってさ。…ほら、お前の合格祝いだって、ちゃんと出来てなかったから』
予想もしていなかった申し出に、途端に胸が躍り上がった。
脈が早くなって、身体中の血が煮え立つように熱くなる。
『…どう、空いてる?』
「っ、もちろん!」
兄さんの言葉が終わるや否や、食い気味でそう答えていた。
兄さんはくすくすと笑いながら、良かったと言った。
『じゃあ、夕方そっち行くから。それじゃ、また後で」
「…うん、待ってる」
電話が切れてもまだ暫くは、ふわふわと宙に浮かんでいるような心地だった。
耳に残る余韻に酔いしれながら、携帯を胸に抱き締める。
白黒だった世界が、色付いていく。
無味乾燥だった世界が、味の抜けたガムみたいだった世界が、味を持って、煌びやかなものへと変貌してゆく。
ーー兄さんだけが、俺のキャンバスに色を与えてくれる。
無意識に、笑顔が溢れていた。
いつもは歌わない、鼻歌なんか、歌い出していた。
「…準備、しなきゃ」
そうと分かったら、こうしてはいられない。
急いで布団から飛び出し、タンスから掃除機を取り出してくる。
まずは、部屋の掃除をしなければ。
兄さんの笑顔を頭に思い浮かべ、緩む頰を抑えながら、掃除機のスイッチを入れた。
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