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第3話 新しい合鍵
週末土曜日、天気は快晴――
朝早く、ボロアパートにやって来た武林に、トーストとコーヒーを出し、2人そろって朝食をとる。レトルトのスープがいくつか残っていたので、武林はトマトスープを、佐野はかぼちゃのスープを選んだ。
「ふぁあああ……寝みぃ……」
「疲れてるのに付き合わせてごめんね」
一言お詫びを入れながら、佐野は武林の顔を見た。週末はいつもくたびれているが、今日は特につらそうだ。
今週はいつものように、何度か仕事終わりにこちらに寄り、夕飯を一緒にした。時間が遅かったということもなかった。昨日は会わなかったので、ひょっとすると飲み会でも参加していたのだろうか、と佐野は考えた。
「賢さん、二日酔い?」
「飲んでねぇよ。……昨日、職場で色々あってなぁ」
「彼女でもできた?」
「ぶはっ、はははっ! 違う! 残念なことにここ3年はいねぇよ」
右手が恋人だと、爽やかな朝には似つかわしくないジェスチャーを武林が披露すると、佐野は苦笑いを浮かべた。
武林は中の上だが、イケメンといわれる部類の顔立ちだった。
仕事柄、相手に不快感を与えないように見た目に気遣っているし、スポーツもしているので体つきもいい。突き抜けたイケメンよりも、手の届きやすいイケメンなのでモテるのだ。
営業職の武林は付き合いもいろいろあり、セクハラ問題で昨今は減ってきたが、風俗へのお誘いもあるらしい。
武林はそのような店は苦手で、できうる限り回避はするが、やはり逃げられない日もある。
部屋に入っても何もしないと嬢には伝えるそうだが、逆にそれが受けて、あちらからアプローチをかけられ逃げる羽目になったこともある。
営業先との食事会で相手先に女性がいた場合もだ。相手が独身女性であった場合、秋波を送られることがしばしばあるらしい。
彼女がいた時も、そういったことがあり、けんかの原因にもなった。フリーになってからはますますひどい。
彼女がいるふりをしていたこともあったが、しばらくあとをつけられていたらしく、バレて余計に拗れたらしい。
武林曰く、「しばらく、女はいらない……」だそうだ。贅沢な悩みだととらわれがちだが、佐野はそれが原因で憔悴している武林を知っているだけに、素直に同情している。
黙り込んだ佐野をみて、武林は慌てて否定を入れる。
「逆セクハラじゃないし、ストーカー被害でもないから安心しろ」
「それならいいけど……仕事で疲れてるところをさー、こき使うから申し訳ないなぁって自己嫌悪に陥りそう」
「ははっ! こき使うのかよ! いいよいいよ、それくらいの体力はあるし、飯ご馳走になるんだから、優は気にすんなよ!」
「ありがとう。……昼飯何がいいか考えておいて」
「肉」
「即答!」
***
朝食を終えた後、2人は佐野の新居へと向かった。
今日は特に運ぶものはなく、天気もいいので、散歩がてら徒歩で移動だ。
「引っ越し業者って来週だっけ?」
「うん、1週間後の午前。シーズン終わった後で良かったよ」
「そうだなぁ、新入社員とか支店異動の人らの話聞いてたら、業者に頼むのも大変だったし、金額もえげつなかったって聞いたわ」
「おれも。人の話聞いて、セーフ! って心の中で叫んだわー」
雑談を交えながら、歩いていると目的地である佐野宅へ到着した。南向きの3LDKで、車2台分の駐車スペース、そして猫の額のような庭もある。表札はまだ出来上がっていないので、今は仮でネームシールを貼っている。
門扉を開け、佐野が鞄から鍵を取り出した時に、武林に声をかけた。
「賢さん、手を出して?」
「ん? なにか持っとくか?」
武林が差し出した手に、佐野はそっと鍵を乗せた。
「これ、賢さんの分の鍵、渡しとく」
「おう、大切にするな!」
新居の合鍵を笑顔で受け取ってもらえたことに、佐野の胸は温かくなった。
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