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第25話 雨上がりの空から、虹色のしずく⑤

 ほら、チェックメイト――  何の反応も示さない下半身を晒して、俺はベッドの上で間抜けにただ座っている。  気まずい沈黙なのはわかっているけど、気の利いた言い訳なんて思い付かずに、心はひやりと固まっていく。  目頭が熱くなって、俺は手の甲で乱雑に目元をこすった。 「あ、もう、そんな顔――」  ぐい、と頭を優の裸の胸元に抱き込まれた。 「目が赤いよ?」  掌が俺の頬を包むと、唇がそっとまぶたに押し付けられた。 「ゆっくりしよ?緊張してる?」 「あ……の、こういう……」 「うん」 「欲をもつのは、ずっと……駄目な気がして……何だか汚れたような――あ、でも、さっき優はそうじゃなくて……俺といて反応してくれて嬉しかったっていうか。何だか感動して、愛しくて……でも、俺は」  人差し指が、むに、と当てられて俺の唇の動きを止めた。 「そこまで。ね?」  くるりと俺を覗き込んだ瞳は優しくて、その微笑みは俺を吸い込んでいくようで、俺はただ優を見上げていた。  優は、少し首を傾げるようにして呟いた。 「そっか――うん、わかった」  あ、これで終わるんだ――  そう思ってホッとして、安堵に一気に脱力して、横を向こうとした時だった。 「葉司」  優の掌が、太腿をすべり上がって―― 「……っ!」  そのまま掌が、下着ごしに俺の中心部をつかんでいて、俺はビクッと固まった。 「ゆっくりしよ?俺がするから」 「ゆ……っ」  ぶつかるようにキスされて、息継ぎもできずに溺れるままに押し倒されて、するりと優の手が下着の中へとすべりこんでいった。 「ここ、ふにふにしてる。可愛いな」  優の指が、俺のを包むように蠢いていて、直に触れられる感触に気が遠くなりそうだった。 「初めて触られた?」  そう訊いてくる優の茶色い瞳はあやしくて、ひどくセクシーだった。 「葉司の、見たい」  下着をずらされそうになって、慌ててその手を止めた。 「もしかして、ここも、気になる?」  優の指が、ヘソの横から下腹へと走る傷痕を、やさしくなぞっていって、俺は身を縮こまらせた。 「葉司、ちょっとじっとしてて。お願いだから」  器用な指がするりと俺の下着を脱がしてしまって、俺は優の前で、全裸を晒してどうして良いかわからずに、視線を泳がせた。  俺の平べったい腹に、優は顔を伏せてきて、ぺろりとヘソを舐めた。 「ゆ……う」  俺が戸惑っている間に、傷痕を唇で挟み込むようにしてなぞり、それから舌で舐め上げていく。  何度も繰り返されて、不思議なハレーションの中へ落ちていく。  それは、醜さをなだめられていくような、深く清められていくような、あやされているような。  体が温められていくようで、力が抜けていく。  優が手で片脚を押し広げて、俺の内股の傷へと唇を寄せた時も、なんだかぼんやりとした波に打たれているようだった。  この胸にまで息づいてしまうみたいに、優の吐息が内股の傷痕にかかって、その唇と舌で何度も清められていく。  気付けば、優の頭が俺の脚の間にあるという、あり得ないシチュエーションになっていて、人に見せたことのない箇所を、優の目前に晒していることに、すうっと青ざめた。 「え……ッ」  優は、俺のまだ柔らかいままの中心部を長い指で握った。 指で固定するようにして、優の唇は、内股からそこへとすべっていった。 「あ、いや……っ」  俺は腰をよじって逃げようとした。  優が強い力で俺の腰を押さえて、その唇がひらいて俺の中心部を飲み込もうとしていて、信じられない光景にギョッとおののいた。 「それ、駄目……本当に、いやだって!」  知らない間に、俺は叫んでいた。 「ごめん――」  小さく呟かれた声に、ハッと顔を上げた。 「あ……」 「葉司に感じて欲しくて、つい――」  目の前にある優の顔は、傷ついたような、それでいてショックを必死に隠そうとしているみたいに、唇を強く引き結んで、何度か瞳を瞬いた。 「あの……」 「ごめんね?」  視線を落として、小さくそう言った優は、俺から手を外した。  少しうつむいている優を見て、自分がそうさせてしまったんだと気付いた。  さっき、優が自分に反応してくれていることに、心にふわっと喜びが灯ったことを思い出した。  俺の手の中で果てていった優は、限りなく大切で、愛しかった。  優が感じていたのは反対のことで。  たぶん、とても必死に何とかしようとしてくれていた。 「優、あの」 「うん。葉司がしてくれてすごく嬉しくて。俺もしてあげたいって思って」 「あの、俺、頑張るから……」 「葉司に感じて欲しいって思って。でも俺、急いだよね」 「それは……頑張るから……自分で何とか――」  自分でもだんだん何を言っているのかわからなくなってきた。  優は、力が抜けたように、ふっと微笑んだ。 「葉司って、たまにおかしいよね――」 「えっ。そ、そう?」 「だってさ」  ついと優が身を寄せてきて、耳元で低く囁いた。 「俺に、葉司が自分でしてるとこ、見せてくれんの――?」 「え……」  俺はぶわっと頭が熱くなって、目の前が霞んでいった。 俺はうろたえて言葉を探したけど、どんな言葉でもなく、自分の心を伝えなきゃいけないんだって気付いた。 「優が、好きだから。ちゃんと……頑張りたい。本当に、好きで、大切で――だから、頑張りたいし……優を傷つけたくないし――俺も……」  俺は声が詰まって、咽喉を押さえた。 「俺も……ふ、普通に――普通に、なりたい――ちゃんと、優と……」  そこから先が言えなくなって、震える唇が見つからないようにぎゅっと閉じた。  だけど、涙が溢れて落ちていって、俺は隠すことを諦めた。  俺は、優の手を大切さのすべてを込めて握った。 「本当に、優が好きだから――ちゃんと、する……もう駄目って言わないから……何でもするから……」  俺はそっと優の肩に触れてみて、そのなめらかな感触を掌に感じながら、背中に手を回して抱きしめた。 「あーもうっ」  優は、俺を強く抱きしめ返して、肩に鼻先をぐりぐりと押し付けた。 「どうして、そう可愛いかな?全然、葉司のせいじゃないのに。普通でも、普通じゃなくても良いよ。俺はこの葉司が良いだけ」  優の指が、俺の目元をぬぐっていった。 「一つ、試してみたいことはあるけど――」 「何……?」 「葉司の協力が必要だけど」 「するよ……?」 「えっとね――」 「?」  耳元で説明されたことに、首を傾げながら、とにかく聴いていた。  何でもって、こんな所に立っているんだろう?  洗面所の鏡にはちょっと間の抜けたような自分が映っていて、どうして良いかわからない戸惑いを浮かべている。 「うーん……」  優の家は、二階にもトイレがあった。  ウォシュレットも完備で、洗面所もあって、そこには常に優のお母さんが手入れしている痕跡があった。  並んだアイビーの緑の葉、ラベンダー色の良い香のソープボトル。  優に教えられた手順でしてみたけど、これで合っているのかわからないまま、裸の肩に、借りたバスタオルをかけて、そこを出た。 「わッ」  すぐに優が立っていて、にこーっと無邪気に笑って、俺に手を差し伸べた。  その笑顔をされると、俺は何も言えずに押し黙るしかなくて。  優にしっかりと手を握られ、引っ張られて、ぐいぐいと部屋へと戻っていった。

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