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第31話 花ひらく星月夜⑤
唇と唇を重ねるたび、どうしてこのまま溶け合いたいと思うんだろう?
このまま溢れる想いの洪水で、果てなく流されて息もできない。
あの瞬間も、この瞬間も、キスの記憶が零れていって、この掌だけでは包みきれない。
なのに、ここに愛しいひとがいるから、息ができる不思議。
深く深呼吸をするみたいにキスをして、吐息を交わし合って、強く体を抱きしめ合って、それでも何かが足りずに、失くした片羽根を追って墜ちるみたいに、また求めてしまう。
「優……」
幾度囁いても変わらない、午睡のまどろみの中のやさしい陽射しのような、愛しい名前。
「葉司――」
抱きすくめられれば、その匂いで、その体温で、その感触で、自分がいっぱいになっていく。
俺の腰に、優の硬い反応が当たって胸がどきりと鳴った。
優はそれには構わずに、カットソーの裾からすべらすように手を入れて、指先で乳首を探り当てると、やんわりと挟み込んだ。
思わずビクッと腰が引けるのを、優がさらにキスを重ねて、息もできない。
「乳首、ちょっと感じるようになった――?」
茶色い瞳を瞬かせた優は、さっきまでとは違う、あやしい笑みを浮かべていた。
「だってそれは……優がいつもそこばっかり触る……から……」
小さく呟くと、優はくすくすと笑って、俺を覗き込んだ。
「うん。感じるようになって欲しいんだもん」
「な、何で……あッ」
首筋に何度もキスされながら、乳首を指の腹で優しく擦られて、かすかな痺れたような感覚が広がっていく。
「ゆ、優……まだ、昼間……っ」
「昼間だから何?葉司はこうなってんのに我慢できる?」
すでに反応しきった昂りを、優の指にぐいとつかまれて、俺は息が止まった。
「ちょ、ちょっと……待って……」
久しぶりに二人きりの空間で、思っていたより急な展開に頭がついていかなくて、優の腕をつかんだ。
「あ、そっか。葉司の準備とか」
斜め上な返事に、戸惑った。
「あ……俺、もう……勃つようになった……から、指入れなくても……」
「あーそれは――」
「な、何……?」
「あのさ――いつか俺のを受け入れてもらうための、練習っていうか――」
そう言って、いたずらが見つかった子どもみたいに、照れたように笑った優を、俺はぐるぐるする視界で見た。
そう言えば、最初にした時に、そんなことを言っていた――
「それに、葉司の中に指入れてると、温かくてきゅっとしてきもちいーし。それにその時、葉司はどんな顔してるか知ってる?」
「……」
「すげぇ色っぽくて綺麗。なんかもう苦しいみたいな、追い詰められたみたいな。それでいてすげぇ反応してて。あれ見せられたら、やめてって言われてもやめれないよね?」
最後のほうに向かうにつれて、ひどく生真面目な顔をして、優は言った。
「だから、やめるのは無理」
「……」
「それに、いつか葉司と繋がりたい。葉司が良いって思ったら。じゃあ、準備しにいこっか?」
「あ……」
俺はハッとして、手を繋いできた優を、慌てて階段のほうへと押しやった。
「あの、自分で、する……から。上の部屋で待ってて」
「うん。葉司の部屋、布団だよね?敷いて待ってるから」
にこーっと笑う優を見て、俺は戸惑って立ち尽くした。
なんだかもう優のペースに持っていかれているような?
「葉司、大好き。ずっとしたくて堪らなかった」
そう言われて抱きしめられてしまえば、俺には抵抗する手段なんか持ってなくて、もう一度繰り返したキスに、頭の芯まで痺れるようだった。
カットソーとズボンを着て、階段を上っていって、優の待っている部屋の扉を開けた。
そこは暖房で温められていて、簡素な勉強机の前は、布団が敷かれていた。
その光景を見るだけで気恥しいというか、変な汗が出てきそうだった。
眼鏡をたたんで勉強机に置いた俺を、上半身の服を脱いでしまった優が、ぎゅうとその胸に抱き込んだ。
その肩のライン、胸から腹にかけての筋肉、なめららかで温かな肌、密着すると頭がぼうっとしてきて、考えがまとまらなくなる。
「葉司、もう裸でも良いのに」
「さ、寒いし……」
「ん。でも、ここキツいんじゃない?」
ズボン越しに昂ぶりに触れられて、思わず腰が引けた。
「それとも俺に脱がせてもらうのが好き?」
「そ、そんな……んッ」
言葉は突然の噛みつくようなキスに塞がれて、行き場を失くしてしまった。
舌と舌を擦り合わせるのに夢中になっている間に、優の器用な指が、ズボンのボタンを外してチャックをずらしていた。
優の指が昂ぶりをかすめていって、それだけでぞくりとする。
足元にズボンが落ちて、優は性急に俺のカットソーも脱がせてしまった。
「俺のも脱がせて――」
耳元で息を吹き込むみたいに言われて、体中の力が抜けていくようで、もう何も抵抗はできない。
かすかに震える指で、優のズボンに手をかけて、ゆっくりズボンを脱がせていく。
「あ……の、優……」
「ん――?」
俺は熱くなっていく頬を隠すようにうつむいた。
「何?」
優は、俺の腰を引き寄せると、下着越しにぐりっと性器を擦り合わせた。
「ん……ッ、ま、待って……」
「待ってるよ……?」
耳たぶをかぷりと噛まれて、ビクッと身を縮めた。
「あの……す、する……?」
優は茶色い瞳で俺の顔を覗き込んだ。
俺が視線を泳がせると、その指先が鎖骨を確かめるように撫でていって、ぴたりと止まった。
「え――?」
「その……だから……優が、さっき言ってた……こと」
小さく呟いた声は掠れていて、優の顔は見れない。
「え――えっ?」
優は目を見開いて、俺の肩を両手でつかんだ。
「それって、つまり……そういうこと?」
「そう……かな」
少し笑おうと思ったけど、唇は強張っていて上手く笑えなかった。
「え――ここに挿れて良い?俺が」
するりと指先は後ろに回って、優の胸に抱き込まれた。
その肩の温かさと、匂いに触れて、背中に指先を這わせた。
「あの……優が、したい……なら……」
切れ切れにそう言ったけど、優の返事がなくて不安になる。
何かおかしいタイミングで、おかしいことを言ってしまったんだろうか?
今さら怖くなって、優の顔は見れない。
俺は背中に回した手を外して、ぎゅっと掌を握りしめた。
「えっ、本当に?」
「あ……」
「本当に?俺、葉司にプレッシャーかけてない?え、でも」
「お、俺で……いやじゃなければ……」
「えっ、本気で言ってる?」
「え……」
「いやじゃなければって本気で言ってる?俺が言い出したことなのに?」
優は俺を強く抱きしめた。
「葉司がいい」
長い指で俺の前髪をそっとかき上げて、優は俺の額に羽根のようなキスをした。
「あーもう可愛いな。どうしよう。やばい。えっ、もしかして葉司からのクリスマスプレゼント?」
「は……?」
優を見上げて、それから段々と意味がわかって、あまりに恥ずかしい発想に顔が赤らむのがわかった。
「え――えぇッ、そ、そういうわけじゃな……」
「どうしよう。あっ、俺、いつOK出ても大丈夫なようにコンドーム持ってた。やったァ、俺。あっ、葉司、クッションとかある?」
優は俺の言葉なんて聴いていなくて、ぶつぶつと呟くと、俺が頷いたのだけを見て、にこーっと笑った。
「よし。じゃあ、あと葉司を抱きしめて転がってもいい?すんげぇ嬉しい」
「え――それは、いや……」
「まじか。俺、落ち着かないと優しく出来ないな」
「うん。あの……大丈夫……だから」
「いやいやいや、ダメ。絶対優しくするから」
喜んでくれている優の姿に、逆に今度は自分に自信がなくなってきて、徐々に緊張してきた。
「葉司、大好き」
「俺も……優。大好きだよ」
その心だけ伝われば良いのに、どう伝えたら良いかわからずに、ぎゅっと掌を握りしめて、緊張の中から抜けだそうと、息を吸い込んだ。
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