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【1】SIDE蓮見(1)-6
本当の概算だぞと言いながら、過去の経験からざっと数字を出してくれるのがありがたい。
この程度で、いちいち職人に細かい見積もりを出させていては相手も仕事にならない。その一方で、手間賃の相場というものはとても掴みづらい。
目に見えない技術に対し、建築会社と職人とが技量や請け負う仕事量を勘案しつつ、互いの利益の落としどころを探る。そうして決めた金額は、決して外には漏らさないはからだ。
ネットなどで拾ったものはほとんど当てにならず、概算とはいえ、使える数字を知るには経験に頼るしかないのだった。
十年選手の谷の存在はいつも心強かった。
谷がくれた数字と施工会社向けサイトで拾ったキッチン本体の価格、値引き率を打ち込んで概算見積もりを出す。
すぐにプリントアウトして谷に見せると、目を丸くされた。
「なんだ。もう作ったのか」
「営業の三井さん、明日の夜、取りに来るって言ったんですけど……」
わざわざ夜遅く来させることはないと思ったのだ。
三井が所属する国島 展示場は本社から近い。現場の行き帰りに立ち寄ることが可能な距離だ。移動中のどこかで届けてやろうと思った。
だが、
「明日って、展示場休みだろう? 三井さんもだよな」
谷の言葉に、蓮見も、「あ……」と声を漏らした。
明日は水曜日だ。
土日が書き入れ時の住宅展示場は、どこもたいてい水曜を定休にしている。ウエストハウジングもそうだった。
五月連休や年末年始、八月の盆休みを除けば、水曜は営業部の定休日だ。
「まさか、三井さん……。休みだってこと忘れてるのかな?」
「それはないだろ」
見積もりを確認した谷が笑う。
「でも、まあ。どっちみち明日の夜までに作るものだったんだろ? 取りに来たら渡してやればいいさ」
「はあ」
そうっすね、と口の中で返事をして、A4の封筒に入れた概算見積書を鍵のかかる抽斗にしまった。
そうしながら、金曜までに返事をすると言った三井の顔を思い出す。
そして、なぜか、もしかすると三井は休みでも取りに来るつもりなのかもしれないと思った。
着工後の変更はなるべくしないでほしい。
その点については、やはり譲れない部分がある。
けれど、もし本当に明日の夜三井が取りに来たら、顔の綺麗さで成績を上げているという認識を改めなければならないだろう。
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