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【3】SIDE蓮見(3)-1
午後一番で中間検査を受ける現場、原 邸に着いたのはちょうど十二時をまわった頃だった。
職人たちは昼の休憩に出たばかりで、電話をくれた棟梁の田中 だけが一人で残って待っていた。
田中は四十代後半のベテラン大工だ。弟子の何人かとともに専属でウエストハウジングの仕事を請け負っている。
「田中さん、階段が違うって……?」
社用車を降りながら聞く蓮見に、田中が「おう」と手を上げる。
「さっき急に客が現場を見に来たんだけどよ……」
そこで施主の原は、階段の手摺 が頼んだものと違うと言ってきたらしい。
「壁みたいになってるけど、これは後で取るんですよねって何度も言うんだよ」
「壁って、腰壁 手摺のことですか?」
「どうやらそうらしい。リビングの中にあるのに、こんな圧迫感のある壁で囲まれてちゃ困るって言い出してさ……」
腰壁手摺は床から九十センチほどの高さまでの壁と同じ仕上げの手摺だ。
「このままだって言ったら、そんなはずはないってごね始めてさ。展示場と同じ透明な手摺になるはずだって言って聞かねえんだよ。俺から下手に何か言っても、後でまずいことになるかもしれないし、ひとまず監督と相談するって言って帰ってもらったんだけど……」
「仕様書はどうなってます?」
蓮見も自分の図面を広げる。
田中が持つものと照らし合わせるが、どちらも同じ日付の入った「承認図」だった。差し替えミスがあったわけではない。
仕様書の記載は「標準品(腰壁手摺)」、平面図にも同じ指示がある。
「こっちのミスじゃないですよね」
「ああ」
展示場のリビングに使われているのは透明なアクリルの手摺だ。腰壁手摺より視界に入りにくく、空間を広く見せる。
リビング内に階段を設ける場合によく使われるが、建材の費用が余分にかかるため、仕様としてはオプション扱いだ。
差額も出る。
「見積もりにもないですね……」
田中がため息を吐く。
「営業のミスだろうな……。だけど、午後一で検査だろ」
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