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【3】SIDE蓮見(3)-5
「いつも駅でそのクルマを見るたびにさ、あのレバーみたいなヘンなピンク色の軽自動車邪魔だよなぁと思ってたわけ。図々しいやつがいるなぁってな。で、この前なんとなく横を通る時ちらりと覗いてみたらさ、運転席にいたの、ここの奥さんだったんだよね」
思わず田中の顔を見た。
「要するにさ、何ていうか、自分たちだけよければいいって考えが、どこかにあるんだろうなと思うわけ」
顧客の中にもさまざまな人間がいることは、蓮見も身をもって知っている。
こちらが努力したことを酌んでくれる客もいれば、さんざん無理な要求をしておいて対応が不十分だと文句ばかり言う客もいる。
原は後者なのだろうと思った。
「で、どうする?」
このまま検査受けるのか、日にちを変えたほうがいいのか決めなければならない。
「変えてもらうにしても、今から言って通るかどうか……。工期に遅れや金額のこともあるし……」
ドアや床材と違い、階段はセミオーダーだ。発注してから納品までに時間がかかる。その間に今のものを撤去し、工事をやり直して検査の予約をしなおすとなると、どのくらいの遅れが出るだろうか。タイミングによっては検査を受けるまで、無駄に工事を止めておかなければならないこともある。
階段を変更しない場合、その期間は全く無駄な時間になる。工期の遅れは人件費の増加を意味する。無駄になった建材費と合わせると相当な損失だ。
「すみません。ちょっと、谷さんに相談させてください」
自分はまだ監督としての経験が浅い。無理に判断を下しても、余計に事態をこじらせるだけだ。
昼の休憩中に申し訳ないなと思いながら、谷のスマホに連絡を入れた。
『おう、どうした』
おそらく社用車の中で昼寝をしていたのだろう。端末の向こう側で欠伸の混じった声が、それでも気さくに応えてくれる。
「ちょっと、相談していいですか」
『ああ。どうした』
ざっと状況を説明する。谷は黙って聞いていたが、話し終わるとすぐに短い返事をくれた。
『図面が差し替えられてないなら、変更に関する契約書も交わされてないんだよな。だったら、そのまま工事を進めたほうがいい。現場で勝手に変えられる部分じゃないし、営業が動かないなら承認印のある図面通りにやるしかないだろうな』
「検査は……」
『今日だったよな。とりあえず、受けておけばいい。最悪、やり直しになっても、その時は工期も含めて予算も何も全部出し直しだ。再検査の費用もそこで計上する。変更なしで進める場合を考えて、予定通りやっておけばいいよ』
「はい。ありがとうございます」
通話を切り、谷の判断を田中に伝えた。
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