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【3】SIDE蓮見(3)-6
「まあ、そうするしかないよな」
田中が頷く。そうですね、と蓮見も頷いた。
「田中さん、すみませんでした。遅くなりましたけど、昼休憩に行ってください」
「おう」
田中が軽ワゴンで立ち去ると、それとすれ違うようにして検査機関のロゴを車体に入れた小型乗用車がこちらに向かってきた。
「ご苦労様です」
挨拶を交わし、検査に立ち会う。
階段の件を除けば、工期の遅れもなく図面通りに施工された問題のない現場だ。いくつかの確認事項に答えただけで、検査そのものはあっさりと終了した。
昼休憩を取った職人たちが戻ってきて作業を始めていた。
彼らに挨拶をして、クルマに乗り込む。次の現場まで四十分。ユニットバスの納品に立ち合うため二時には現地に着いている必要があった。ナビが表示する時刻を確かめエンジンをかけた。
今月は特に担当現場が離れた場所に点在している。移動に時間を取られるのが地味にきつかった。
エンジンをかけてから、忘れないうちにと新井の上司である古川 展示場の所長、村田 に連絡を入れる。
「原邸の中間検査ですけど、無事に終わりました」
『え、ああ。そうか。あれ? 新井は?』
端末の向こうで村田がやや戸惑っている。
「来てませんよ。電話しても出ないですし……。今日、休みじゃないんですか?」
『いや、出勤だぞ。あいつ、火曜日に休んだばかりだもん。昼前に出てったんだけどな。どこ行ってんだ……?』
客先にでも行っているのだろうと思った矢先に、『アポもないくせになぁ』と村田がため息を吐く。
『あ、ちょっと待ってくれ。戻ってきた』
おまえ、どこまで昼飯に行ってたんだよ、という村田の声の後に、いやいやちょっと、などと調子のいい笑い声が聞こえてくる。
続いてひどく間延びした声が通話口から漏れてきた。
『はいー?』
検査が済んだことを伝え、階段の変更について確認する。
『え! 検査受けちゃったの?』
答えの代わりに返されたセリフにカチンと来た。
「検査が今日だってことじゃ、新井さんも知ってたはずですよね?」
『あー、そうだったっけ? こっちもいろいろ忙しいからさあ……』
腹の出た四十男が鼻毛か何かを抜く仕草が目に浮かぶような、適当で横柄な言い方だった。
「忙しいのはみんな同じですよ」
『なんだよ、うるせえな。おまえさ、階段あれじゃないってお客さん言ってるのに、なんで変えないわけ? 検査まで受けちゃって、どうするつもり?』
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