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【3】SIDE蓮見(3)-8
『俺はアクリルに変えてくれって言ったのに、監督の蓮見が変えなかったって客に言えばいいんだな』
そうではないだろう。
だが、蓮見にはもう何かを言う気力がなかった。この男には何を言っても無駄だと感じた。
通話を切って時計を見ると、思ったより長い時間がすぎていた。昼を食べ損ねたなと思いながら、次の現場に向かう。
そこではシャワーヘッドの仕様に齟齬があった。納品した建材屋は営業から直接連絡を受けたと言う。
「社内的な処理はしておくと言われたもので……」
つきあいの浅い問屋で、今後は必ず工事部に確認するよう強く言う。若い蓮見の言葉に中年の担当者は口をへの字に曲げた。
仕様書と違うものを取り付けることになるので、確認を徹底したかったが、ここでもまた営業マンが捉まらなかった。
仕方なく蓮見が直接施主に電話を入れて確かめた。
『ちゃんと営業さんに言ってあるのに』
不機嫌になる施主を宥め、間違いがないことを確認し、設計と積算に連絡を入れて許可を取り、ようやく納品の処理を終える。組み立ての段取りを見届けてから次の現場に向かう。
全ての現場を回り終えて本社に戻る頃には、この日も夜の八時を過ぎていた。
それからいつものように担当現場の進捗状況を工程表と照らし合わせ、遅れや変更があれば調整をかけ、職人の手配をし、納品されるものの数や置き場所を鑑みて段取りと組んでいると、あっという間に日付が変わる時刻になっていた。
変更もミスもなく図面通りに進んでいれば、監理の手間は格段に減る。
承認図の段階で細部まで詰めてあれば、大きな変更はそれほど出ないものだ。全部の現場がそうならいいのだが、契約や着工を急ぐあまり「最終決定は現場で」などと平気で口にする営業マンは驚くほど多い。
なかなか理想通りというわけにはいかなかった。
ぐう、と、昼から何も入れていない腹が悲しげに鳴いた。
「はあ……、やってらんねえ……」
いつになく不満の言葉が口から零れ落ちる。
社長である西園寺紀夫氏の二人の息子、清人 氏と雅人が営業部と設計部に加わってから、ウエストハウジングはそれまでとは違う速さで大きくなり始めた。
数年の間に展示場の数は県内に三十から四十近くまで増え、各展示場には平均して四人から五人の営業マンが配属されている。
工事の質には昔から定評があった。
設計には西園寺雅人が関わっている。
雅人同様に優秀な長男、西園寺清人氏が束ねているとはいえ、数が必要な営業職の人材確保は大きな課題だ。
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