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【3】SIDE蓮見(3)-9

 建築営業の給料は歩合制を取り入れていることが多い。ウエストハウジングも例外ではなかった。  多くの契約を取れる者にとっては稼げるいい仕事だが、そうでない者にとっては厳しい。  競争が激しく、人の入れ替わりも早い。  その中で長く生き残れる営業マンには、腕に覚えのある一癖も二癖のある者が多かった。契約を取ることしか頭になく、売ってしまえば次の客のことしか頭にないという無責任な者も少なくない。  仕事がなければ設計も工事も動くことはできない。まずは契約、という姿勢は企業として生き延びるためにも必要な考え方で、数字さえ上げていれば多少無責任な行動を取っても大きな顔ができるというのが、今の営業部の実情だった。 「やってらんねえ……」  もう一度泣き言を吐いて、なぜかふと三井の顔を思い浮かべた。 (三井さんは、少し違ったな……)  ほかの営業のようなガツガツした印象がない。  売り上げがいいと聞くのに、不思議だ。  三井にはいろいろと不思議なところがある。  安田邸の現場も契約前の打ち合わせは十分なようだった。なのに、施主の娘のわがままとしか思えない希望に応えようと、時間を割いていた。  あれはなぜだったのだろう。  営業マンにとっては何の得にもならない仕事にしか思えないのに。  契約上は十分に納得の上で進んでいる工事であり、会社側には何も落ち度がない中での客からの要求だ。最初に蓮見が断ろうとしたように「今からでは対応できない」のひと言で済ませても、なんの問題にはならない。 (ヘンな人だよな……)  三井の現場は今年になってから急に増えた。  去年もそれなりにあった気はするが、目立つほどではなかった。今年は去年の倍か、それ以上あるのではないかと思う。  一昨年のことは、蓮見自身に余裕がなかったからわからない。  それ以前は、蓮見は入社していなかった。三井は入社何年目だったか……。  思えば、それだけ数が多い割には、三井の現場で手こずったという記憶がないことに気付く。時々、今回のように直接工事部にやってきては細かいことを相談していくせいで、なんとなくしょっちゅう変更の話をしにくる面倒な人という印象を持っていたが……。  よくよく考えると、理不尽な変更や齟齬を生じやすい身勝手な行動、曖昧な指示は、むしろ少ないほうではないだろうか。  一度そのことに気付くと、それはすぐに確信に変わった。

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