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【5】SIDE蓮見(5)-1

 貸切風呂の脱衣所で、三井にキスをした……。  それから後の記憶が蓮見にはほとんどなかった。自分のしたことに頭を抱える一方で、いつまでもその時の情景が瞼に浮かんで、旅の二日目はどこを歩いていてもふわふわとした甘い気分で、上の空のままぼんやりと過ごした。  だが、二日現場を休めば、後から必ず皺寄せがやってくる。  ただでさえ忙しい第四四半期、ほかの月より短い二月の二日間はあまりにも大きかった。工程に追われて休日返上で仕事をするうちに、嫌でも現実に引き戻されてゆく。  冷静さが戻ってくると、三井に対する自分の行動を深く反省した。  同時に、ずっと胸の裡うちにあった、そわそわとむず痒いような気持ちの正体が何だったのかに気付いた。  三井に魅かれていたのだ。  恋だと思った。  相手が同性であることは気にならなかった。自分がバイなのかどうかはよくわからないが、三井に恋をしているのは確かだと思った。  認めてしまえば全てが腑に落ちる。  三井が気になって仕方ないことも、もっと知りたいと思うことも、笑顔一つで心が乱れたり軽くなったりすることも、ほかの誰かに触れさせたくないと思う気持ちも、全部、自分が三井を好きだからだ。  三井に会ってきちんと謝りたい。  そして、改めて気持ちを伝えたい。三井が受け入れてくれるかどうかはわからないが、それでも、ドキドキと高鳴る胸の想いをまっすぐ伝えたかった。  会って、目を見て伝えよう。  そう決心したのだが、相変わらず次から次へと問題が発生し、日程の余裕がない中対処に追われ、いつ会うという約束がなかなかできなかった。  偶然本社で顔を合わせる機会もなく、三井の顔さえ一度も見ないまま、風のように日々は過ぎていった。  大切なことだ。  電話やメールで伝えるのは嫌だと思った。  そうこうしているうちに、気付けば二週間が過ぎていた。  三月になり、キッチンの一件でやや慌てたものの、ほかはすこぶる順調だった安田邸の引渡しが近付いていた。  外構を除いたほとんどの工事が終わり、ゴミの撤去と全体のクリーニングを残すのみとなっている。  完了検査も無事に済んで、最終的なチェックをしながら細かいゴミを片付けていると、ふいに玄関口に三井が現れた。  面と向かって顔を見るのは久しぶりだ。ドキリと振動が跳ねる。 「あの、蓮見……」 「あ……」  心の準備が整わず、三井の顔をまっすぐ見ることができない。

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