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【6】SIDE蓮見(6)-10

 それも珍しいと思った。  最近の建物は、なんでもかんでも石膏ボードで塞いで、白いクロスを貼って小綺麗に見せる。  そんな内装ばかり見てきた蓮見に、この部屋はかなり新鮮だ。 「この部屋、好きだ」  呟くと、三井が嬉しそうに笑った。心臓がとくりと跳ねる。  こげ茶色のダイニングチェアに腰を下ろして待っていると、スーツの上着をハンガーに掛け、エプロンをつけた三井が戻ってきた。  二人きりの空間。  手を伸ばせば、三井に触れることができる。  鍋の材料を切り始める三井の背中を眺め、触れたくなる衝動を必死に抑えた。  試されている。  ひそかに深い呼吸を繰り返し、自分を宥めた。 「こっちのテーブルでいいかな」 「ああ」  ダイニングテーブルにカセットコンロが置かれた。 「これを使いたかった」  三井が笑う。  鍋は美味かった。  鶏と野菜中心のシンプルな鍋だった。塩と酒だけの淡白なつゆに鶏が合い、ふだんはそれほど好きでもないネギや白菜がいくらでも食べられた。  上棟式でもらった日本酒を、蓮見は持参していた。スッキリとした辛口が鍋と合った。 「三井さん、案外酒に強いんだな」 「蓮見も」  社員旅行でのやり取りを思い出す。その後の展開を連想しそうになり、慌てて話題を変える。 「そういえば、寮に入ってから鍋ってしてないな。家にいるときは、わりとしょっちゅう食ってた気がするけど……」 「蓮見の実家は、遠いの?」 「そうでもない。通えば通える距離なんだけど……」  公共の交通機関を使っても、ドアツードアで一時間ほどだ。クルマなら渋滞を見込んでも五十分前後。 「入社したばかりのときは電車通勤してた。だけど、なにしろ仕事が終わるのがあの時間だからな……。半年くらいで、寮に入れてもらったんだ」 「そっか」 「三井さんは?」 「え……?」 「実家、遠いの?」  うん、と長い睫毛を伏せる。 「遠い……」  どこ? と聞く前に「そろそろおうどん入れるね」と三井は席を立ってしまった。  野菜も肉もあらかたなくなり、酒も十分飲んだ。ちょうどいい頃合いだ。 「締めのおうどんて、美味しいよね」 「そうだな。鍋の具材は、全部、締めのうどんや雑炊を味わうためにあるって誰か言ってたし」 「なるほどねぇ」  ひとしきり鍋談議に花が咲く。  家の話は、それきりになった。

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