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【9】SIDE蓮見(9)-3
ああ、なるほどと乾いた笑いが起こる。
「さすがの新井さんも、引き渡しの立ち合いサボっといてパチンコ行くわけにはいかなかったんだ」
「後でバレたら、今度こそヤバイもんな」
「珍しく会議に来てると思ったら、面倒を避けただけか」
「うるさい!」
不機嫌に怒鳴って、新井が喫煙室を出てくる。
通路に立つ蓮見を見上げ、フンと鼻を鳴らした。「全部おまえのせいだ」とでもいうように。
新井は工事部のカウンターを通りすぎ、奥の部屋に歩いてゆく。突き当りには西園寺の兄、清人氏が使う営業部長室があった。
丸い背中を見ても、もはや怒りも感じない。ただ呆れる思いでため息を吐いた。
その時、営業部長室のドアが開いた。
中から別府と三井が出てくる。
「あ……」
思わず頬が緩む。三井も蓮見に気付いたらしく、その表情から、ほんの一瞬バリアが消える。生真面目な営業マンの顔から、憂いや優しさ、色香を含む本来の美しい顔になった。
一秒にも満たないわずかな時間だったが、蓮見の胸は歓喜で満ちる。
三井とすれ違った新井が、「あれ、おまえ……」と呟いて、その顔を見上げた。
「おまえ、どこかで……」
「新井はまだか」
営業部長室のドアが開き、清人氏に呼ばれて新井が中に入った。
それだけだ。
けれど、たったそれだけのことが、なんとなく記憶に残った。嫌な予感というのはこういうものを言うのだと、蓮見は後になって知ることになる。
新年度を迎え、入社四年目と七年目となった蓮見と三井は、相変わらず忙しい日々を送っていた。
忙しさには波がある。どうしても会えない日が続くこともあったが、それでも、おおむね三井の休日前には、古くて居心地のいい部屋で甘い時間を謳歌した。
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