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【9】SIDE蓮見(9)-6

 キャア、と悲鳴があがった。  人の足が作る輪の中に新井の丸い身体が転がる。 「蓮見、やめろ!」  西園寺の静止を振り切って、蓮見は二発目の拳を新井の顔面に放った。骨が砕ける音がして、新井の鼻から血が噴き上がる。 「やめろ! おい!」  あたり一帯が騒然となる中、三発目、四発目と殴ったところで、谷と西園寺の二人掛かりで新井の上から引き剥がされた。  肩で息をする蓮見に、血だらけの新井が視線を向ける。片方の目が腫れ上がっている。 「な、んなん……だよ……。お、まえ……」  その顔がさらに醜く歪んだ。 「へ……、そうか……。おまえ、が……、三井の、今のおと……」  それきり泡を吹いて新井は気を失った。  営業部長室のドアが開き、西園寺と似た風貌の清人氏が顔を出す。騒然とする中に転がる新井を一瞥し、西園寺に目配せしただけで、何事もなかったかのように言った。 「別府、三井、待たせたな。入ってくれ」  二人がゆっくり室内に移動する。  ドアが閉まると、あたりが、一瞬、しんと静まり返った。  ハッとした様子で、谷が叫んだ。 「お、おい。誰か! 誰か、救急車を呼んでくれ!」  事務員の一人が慌てて受話器を上げた。ざわざわと騒々しい空気が戻る中、蓮見は呆然とその場に立ち尽していた。  ドアの向こうに消えるまでの三井の顔を、蓮見は見ていた。悲しんでいるのか、何かを諦めたのか、人形のように表情をなくした顔からは何も掴むことができなかった。  ただ黙って新井を見下ろし、瞬きを一つして室内に消える。その一瞬の瞳の色が心をざわつかせた。  深い闇を宿した底のない昏さ……。 (三井さん……)  背中で西園寺の声がする。 「新井、死んだ?」 「縁起でもないこと言わないでください」  谷と西園寺が新井の顔を手でたたいていた。  窓の外は梅雨で、雨が降り続いている。  三井はドアの向こう側で、蓮見には何もしてやれない。  心が痛かった。  救急車が到着し、新井が運び出される。谷の指示で新人監督が床を掃除し始めると、周囲はもう、ふだんと変わらない日常の中だ。

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