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【9】SIDE蓮見(9)-8
「うるさい」
拗ねるしかなかった。
「しょうがないだろ……。聞こうとしても、いつもなんとなくはぐらかされて違う話になる。俺だって、もっとあの人のことが知りたい」
子どもの頃のこと、学生時代のこと、部活や好きだった遊びやよく行った場所のこと。
蓮見の話はたくさんしたのに、三井のことはほとんど聞くことができなかった。
三井のことが知りたいと思った。今も思っている。
「だけど、話したくないなら、無理に話さなくてもいいと思ったんだよ」
西園寺から受けた忠告のせいもある。
何か言いたくない事情があるのかもしれないと、どこかで考えていた。三井が何を隠していても、それを打ち明けてくれてもくれなくても、蓮見の気持ちは一つも変わらない。
それが自分でわかっていたから、聞くのをやめた。
いつか話してくれる時が来たら、その時に聞きたい。それまでは待つと決めたのだ。
「何、言ってんだよ。ばか野郎。若いヤツはこれだからな。暇さえあれば、でかいの突っ込んでアンアン言わせてんだろ」
「そんなんじゃねえよ」
蓮見は三井を、そんなふうに好きなわけではない。身体が先に溺れたことは事実だ。けれど、三井は……。
「あの人は……、まっすぐで、優しくて、誰より心の綺麗な人だ」
「ん……?」
「仕事はほんとに丁寧で、一生懸命で。あんなふうにやってれば結果が出るのは当然なんだ。それを、あんな……」
枕営業。
新井の言葉の中で一番許せなかったのは、そのひと言だ。三井の、職業人としての誇りを、努力の全てを踏みにじった。
「新井は、三井さんの仕事を侮辱した」
西園寺は、わずかに目を眇めた。
「だから、殴ったのか」
「ああ」
「……男娼あがりと聞いて、カッとなったわけじゃないんだな」
「仮にそれが事実だとしても、そんなの今のあの人に関係ないだろう。あの人の強さや優しさ、心の綺麗さを損ねるようなものじゃない」
「うん」
深く頷き、西園寺はふっと表情を緩めた。
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