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【9】SIDE蓮見(9)-9

 蓮見の拳を見下ろし「人を殴ったのは初めてか」と聞く。 「人に限らず、げんこつで何かを殴ったことなんかねえよ……」  蓮見の右手は赤くはれ上がっている。 「むちゃくちゃだな」  西園寺が笑った。 「おまえ、三井を好きか」 「好きだ」 「生半可な『好き』なら、男娼あがりのほうがましだかもしれないぞ。そうじゃなくて、本気で、死ぬまで好きだと思ってるなら、連れて行きたい店があるんだよな」 「……インフィニティ?」 「知ってるのか」 「さっき新井が言ってたし」 「ああ。男娼館みたいな言い方してやがったな。あいつ、やっぱり殴って正解だ」  社員旅行の宴会の席でも、一度その店の名を新井は口にした。 「その時、三井さんに、その店を知っているのかって聞いた」 「へえ。三井、なんて言ってた?」 「知ってるって答えた。でも、男娼なんかいないし、新井が言ってるような店でもないし、そんなに変わった店でもないって言ってた。だけど、誰でも入れるわけじゃないっていうのは合ってて、あと、店のことは誰にも言わない約束だから、俺にも聞いたことは忘れてくれって言った」 「ほお……」 「十分、変わった店だよな……」  西園寺が小さく笑う。  新井が言っていたように、客は一流の紳士ばかりで店にいる従業員は美形の男ばかり、内装が凝っていてすばらしいという話は、あながち間違いではないと西園寺が言う。  それらの状況から世間が想像しそうな怪しさはさておき、男娼館などではないとも。  ただし、どう判断すればいいのか難しい店でもあると続ける。 「誰でも入れないのは、確かだ。運命に選ばれた者だけに、あの店の扉は開く」  真顔で言ってから「なんてな」と笑い、 「たまに何かの間違いで、新井みたいのが紛れ込むのことがあるんだよ」  と顔をしかめた。

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