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【10】SIDE三井遥(1)-2

 県下にも私立中学はあったが、遥にとっては決して難関というレベルではなかった。進学塾の開設を機に中等部を新設する学校が現れ、周囲はにわかに教育特区のような様相を呈していった。  そうした中でも、遥の優秀さは際立っていた。  性格は温厚で礼儀正しく控えめ、それでいて子どもらしい素直さも備えている。容姿の美しさ、頭の良さだけでなく、性格までも優れている遥を、まわりの誰もが手放しで褒めた。  それが決して宗森家への世辞や機嫌取りのためではなく、本心から生まれた言葉だったことが、壮介をさらに喜ばせた。  壮介にとって遥は常に自慢の息子だった。 「遥さん、そろそろ」  壮介が何か合図をしたのだろう。金糸の襖の前に立った梅子が声をかける。 「どうぞ、皆さま、ごゆっくりなさってください」  部屋を辞する時に丁寧に挨拶すると、そんなことにさえ来客たちは感嘆した。そして、壮介に向かって称賛の言葉を繰り返すのだった。   梅子に導かれて、中庭を囲む長い廊下を奥座敷に進む。 「花歩(かほ)様が遊びにいらしてますよ」 「ほんと? 久し振りだね」  広大な屋敷は母屋といくつかの離れとで構成されていた。  母屋だけでも応接間や晩餐室のある表座敷、中庭を挟んだ奥座敷に別れていて、広さは相当なものだった。初めて訪れた客が家の中で迷い、元の部屋に戻れなくなることも珍しくなかった。  平屋建ての古い屋敷で、随所に数寄屋風の細工が施されている。  古い建物に洋式の暮らしを取り入れた歴史的な和洋折衷様式の家は、一部の建物が県の有形文化財に指定されていた。 「遥お兄様!」  中庭に面した広い廊下に、二つ年下の従姉妹が姿を現す。  三井花歩だ。  花歩は、母方の実家となった三井家の三女で、遥の幼馴染でもあった。梓が養女であるため、遥と花歩の間に血のつながりはない。  花歩には姉が二人いたが、その姉たちとはだいぶ年が離れていて、そのせいか、花歩はしょっちゅう運転付きのクルマで宗森家にやって来て、年の近い遥と遊びたがった。  一人っ子の遥にとっても、花歩は可愛い妹分だった。 「花歩ちゃん、いらっしゃい。何して遊ぶ?」

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