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【10】SIDE三井遥(1)-4

 しかし、最終的には、遥の東京行きは実現しなかった。  合格発表の後、塾では祝賀会が開かれた。その最中に、講師の一人が誰もいない教室に遥を連れ出し、そこで猥褻行為を働いたのだ。  教室の椅子に座り、遥を膝に乗せ、まだ幼さの残る身体をまさぐりながら自分の股間を遥の尻に押し当てた。熱く湿った感触に遥が身じろぐと、椅子から腰を浮かせて動き始めた。  何をされているのかもわからないまま、遥は逃げようともがいた。  椅子が音を立てて倒れ、その大きな音で人が駆け付けたため大事には至らなかったが、「転んだだけだ」という男の言い訳は通らなかった。  その男性講師は、以前から遥に好意を寄せていたという。  講師はまもなく、土地を追われるようにして他県に引っ越していった。  その出来事は、男の子だからと安心していた家の者たちに危機感を抱かせた。大事な跡取り息子に取り返しのつかないことが起こってはならない。  仕事や家を取り仕切る上で、壮介は何人かの補佐役を置いていた。壮介は彼らを集めて話し合った。そして、結局は、遥を手元に置くことに決めた。 「あんなことがあるとはな……」  想像もしなかったのだろう。眉間を寄せた壮介の目に、初めて遥に対する落胆の色が浮かんだ。 「男に興味を持たれるとは」 「あまり美しいというのも罪ですね」  補佐役の中の一人が、講師と同じ目で遥を見ながら言った。  そして、今度はその男が遥に悪戯を仕掛けた。  壮介の留守中に、書斎にいた遥を言葉巧みに唆し、身体の仕組みを教えるという名目で足の間に触れてきた。  椅子に座ったまま、服の上から施された大人の手の動きによって、遥は初めて精通を迎えた。下着を汚した遥は、混乱と羞恥の中で事の次第を梅子に話した。  驚いた梅子は、すぐに壮介に相談した。  ひと月も経たないうちに、補佐役の男は家族を連れて土地を去っていった。 「遥。これ以上、男を近付けてはいけない。おまえに隙があるから、まわりの男が惑わされるのだ」  壮介に咎められ、自分の何がいけなかったのかもわからないまま、遥はただ「気を付けます」と頭を下げた。

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