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【10】SIDE三井遥(1)-5
遥は地元の公立中学へ進んだ。
三年後には県内一の進学校に首席で入学を果たした。その頃には壮介の警戒心もそれほど大きなものではなくなっていた。
許可を得て電車通学を始めた遥は、当初怖れた痴漢の被害に遭うこともなく、比較的のどかな路線を走る電車で快適に過ごした。
読書をしたり、友人を話したりしながらの通学時間は楽しかった。
中学から高校にかけての六年間は、遥にとって自由で明るく、希望に満ちたものだった。
宗森遥という名は、進学校に通う生徒たちの間では、宗森家の御曹司としてよりも全国レベルの成績上位者として有名だった。
親しくなった友人たちは、遥の家に遊びに来て初めて、その桁違いの大邸宅ぶりに驚いたりした。
「顔はいい、頭もいい、その上あんなでっかい家のおぼっちゃまって、宗森は前世でどんだけ徳を積んできたんだ」
「羨ましいよなぁ。次々、美女から告白されるし……」
やっかみ半分に友人たちが揶揄う。その言葉に嫉妬や悪意がないのは、どんな美女に告白されても遥が誰とも交際しなかったからだろうか。女性になびかない遥を、彼らは同志として信頼しているようだった。
「男同士が、一番気楽だよな」
そう言って笑い合い、がやがやと過ごす時間は、遥にとっても居心地のいいものだった。
「だけど、宗森はいったいどんな女なら気に入るんだ?」
高校生活が半 ばを過ぎても、なびかないどころか女性に一切興味を持たない遥に、友人たちは次第に疑問を抱くようになった。
遥自身にも明確な答えはわからなかったが、遥が三年生になり花歩が同じ高校に入学してくると、状況は一気に変わり始めた。
「あれが、宗森遥の……」
周囲の者は、花歩が遥の相手だ勝手に誤解した。
花歩は、初めのうちは小さな嫌がらせを何度か受けたようだった。嫉妬によるものだ。
しかし、時間が経つにつれ、容姿、成績、家柄、どれをとっても宗森遥に釣り合う相手は三井花歩のほかにはいないと周囲が認め始めた。
花歩と渉り合える者はいない。
遥の信奉者たちは、遥と花歩を一組にして「夢のようなカップルだ」と囁き合うようになった。
「従姉妹 で、ただの幼馴染なんだけどな……」
遥は苦笑いを浮かべたが、まわりはそれを照れ隠しとして受け取った。
親しい友人たちでさえ、花歩ほどの女性はいないと口々に言った。
「羨ましいよ」
「本当によく似合ってる」
「末永く、大事にするんだぞ」
いくら違うと言っても、聞かない。
最後は遥も何も言わなくなった。差し当たって誰かの迷惑になるわけでもない。ほとぼりが冷めるのを待てばいいのだと思った。
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