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【10】SIDE三井遥(1)-8
「遥がうちに住むなんて、夢みたい」
花歩は大喜びしたが、遥は複雑だった。
三井家には離れがある。母屋にも十分な部屋数がある。しかし、遥に用意された部屋は、花歩の部屋の向かいだった。ほかの家族の部屋とは遠く離れている。
年頃の娘がいる。その娘といくらも年の変わらない男を、一つ屋根の下に住まわせる。そのことに、誰も危機感は持たないのだろうかと不思議に思った。
神経質なほど遥の身の安全を優先する壮介でさえ、離れではなく、母屋に遥の部屋を用意するよう望んだという。
しかも、花歩が遥の部屋を訪ねても、それを誰も咎めない。どんなに遅い時間であっても。
いつからか、遥は周囲の意図を察した。
旧い家ではよくあることだ。人に言えない夜の逢瀬は見て見ぬふりをする。
そこに花歩の意思が含まれていたのかどうかはわからない。
それでも、ある時間を過ぎてからは、遥は遥の意志で、花歩を部屋に入れることを控えた。
「遥、起きてる?」
花歩は毎晩のように遥の部屋のドアをノックした。その度に遥は「起きてるけど、今は勉強したいから、話なら明日の朝にしてね」と答えて、花歩の入室を拒んだ。
宗森家と違い洋式の邸宅でよかったと思う。
障子で仕切られた部屋では、花歩の侵入を防げなかったかもしれない。
ドアを閉ざし、妹のように可愛かった少女を遠ざけながら、敢えて間違いを望む大人たちの頭の中を疑った。
そうまでして、自分と花歩を結び付けたいのだと思い、壮介の意図が透けて見えると心が重かった。
それでも、何事もなく二年間をやり過ごした。
だが、花歩が高校を卒業する年に、ついに壮介が遥を書斎に呼び出した。
洋間の多い表座敷の一角にある、ほとんど図書館のような蔵書を収めた壮介の書斎で、皮のソファに向かい合って座る。
「花歩も、春から大学生だ」
「ええ」
「今までと違って、悪い虫が付きやすくなる」
遥は慎重に答えた。
「花歩ちゃんがいいなら、いろいろな方とお付き合いするのも、そう悪いことではないと思いますよ」
「バカを言うな」
壮介は吐き捨てた。
「花歩は宗森家の嫁になる女だぞ。おかしな男に関わられては敵わない」
「お父さん」
「正式に、おまえと花歩との婚約を整える」
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