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【10】SIDE三井遥(1)-9

「待ってください」  広い書斎には、父と息子だけがいた。 「待ってください」 「なぜ、待つ必要がある」 「僕は……」  遥は言い淀む。  ――宗森壮介に逆らうことはできない。  そう。たとえたった一人の息子であっても……。  これまで、遥はずっと壮介に従ってきた。  けれど、それは、逆らってまで貫きたいものがなかったからだ。従うことを自分の意思で選んでいただけだ。  壮介の力に屈したわけではない。  そう自分に思い込ませてきた。  ――宗森壮介に逆らうことはできない。  本当にそうだろうか。 「僕は……」  嫌なら嫌だと、出来ないことは出来ないと、言えばいい。壮介は、鬼ではない。 「僕は、花歩と結婚するつもりはありません」 「なんだと」 「結婚はできません。だから、婚約もしません」  「花歩の何が不満だ」 「花歩が不満なのではありません」  壮介の目が眇められる。 「僕は……、女性とは……」  突然、肩に鋭い衝撃が走った。 「それ以上、言うことはならん!」  立ち上がった壮介の手にステッキが握られていた。十歳の時に遥が贈り、ずっと壮介が愛用しているファイエ社の銀のステッキだ。 「花歩と結婚しろ」 「お父さん……!」 「あれは、おまえを好いている」 「でも……」 「おまえは宗森家の跡取りだ。結婚して子どもを残すことは、おまえの責務だ」  責務……。遥は息をのんだ。 「家を絶やすことは許さない。花歩を妻に娶れ」  従えないことには従わなくていい。その選択肢があると、自分に信じ込ませてきた。 「花歩を娶れ。あれは昔からおまえを好いている。おまえも、花歩となら、どうにかなるのではないか……」 「どうにかなる……?」 「身体のことだ」  その瞬間、壮介は知っていたのだと思った。  それ以上かもしれない。遥も気付いていない時から、遥に同性愛者の傾向があると見抜き、あるいは危惧していたのだ。  だから、あれほど遥を監視した。自由にさせているようで、目の届く場所から決して遥を外へは出さなかった。

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