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【10】SIDE三井遥(1)-10
宗森家の跡継ぎである遥が、結婚もせず子どもも残さないような人生に向かうことを、壮介は恐れていたのだ。
「身体がどうしてもダメだというなら、形だけでいい。花歩を妻に迎えなさい」
子どもはどんな手段を使っても、跡取りの男子一人を残せればそれでいいのだと壮介は続けた。
「今はいろいろな方法がある」
性行為をともなわない結婚でいいと告げる壮介に、遥は震撼した。
「でも……、それでは、花歩の幸せはどうなるんですか」
「花歩か。あれもそのくらいのことは理解できるだろう。末娘ということで自由にさせているが、曲がりなりにも三井家の娘だ」
「そのくらいのこと……」
結婚や出産は、「そのくらいこと」なのか。
遥は唇を震わせた。
花歩には、花歩を愛し、花歩自身もその相手を愛せる者と出会い、幸せになってほしかった。
男女としての愛はなくとも、遥はずっと、花歩を妹のように大切に思ってきた。愛情を抱いてきた。
その花歩を家の道具にして、一生飼い殺しのような人生を送らせることなどできない。たとえ壮介の命令でも。
「できません。お父さんの言いつけでも、これだけは……」
「これだけは?」
壮介の顔に怒りと嘲笑が同時に浮かんだ。
「寝言を言うのもいい加減にしろ。これこそが、おまえに課せられた最大の務めだ。いくら頭がよくても、いくら容姿が優れていても、子どもを残せなければ、宗森家にとってはいてもいなくても同じだ」
立ち上がった遥の肩を、壮介がステッキで突く。
「どうしても、花歩と結婚できないと言うなら、この家から出ていけ!」
売り言葉に買い言葉で、遥は思わず「出ていきます」と言いかけた。
だが、壮介は言った。
「梓も一緒にだ」
「え……?」
「おまえが花歩と結婚しないなら、おまえ一人しか産めなかった梓も、この家から出ていってもらう」
「お母さんは、関係ありません」
遥は言ったが、次の壮介の言葉で、そうではないのだと気付かされた。
「梓には、もう子は産めん。正式に離縁する」
「離縁……」
壮介は本気だ。本気で宗森の血にこだわっている。
たった十九で壮介の妻に迎えられながら、梓は、遥一人を産むのがやっとだった。
壮介が愛人を囲っていることは、誰もがうすうす気付いていた。伏せることの多い梓を見れば、仕方のないことだと見て見ぬふりとしてきたのだ。
けれど、遥が宗森の血を残せないとなれば、壮介はその女性を妻に据えて、次の跡取りを産ませるつもりなのだ。
その際、梓の存在は意味がないばかりか邪魔になる。
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