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【11】SIDE三井遥(2)-4

 何週間か仕事を探したが、遥はついに諦めた。  その間にも、気持ちが変わったら戻ってくるようにと壮介から何度か使いが来た。その度に自分を試されている気がした。  壮介に背く者はこの土地には住めない。  大学を辞め、ここを離れて働くしかないと思った。 「お母さん、どこか遠いところに引っ越そう」  壮介の力の及ばない土地に。 「そこで、僕が働くから」  梓は頷かなかった。遥の目をじっと見つめ、とても大事な願いを口にするように、静かに言った。 「あと少しだから、大学だけは卒業しましょう。それからでも遅くないわ。あとすこし、ここにいさせてもらって、ね?」  大学だけは……、と梓は繰り返した。 「遥は、とても優秀なんだもの。きちんと卒業して、しっかりしたところにお勤めして、世の中の役に立つ人になってほしいの」 「大学を出ていなくても、立派な仕事をしている人はたくさんいるよ」 「それは、そうかもしれないけど……」  梓は少し考えて「私のわがままだから」と言って笑った。 「お母さんが、遥の卒業式に行きたいの」  幼稚園の入園式と卒業式、小学校のそれ、中学、高校。仕事で忙しい壮介は一度も顔を見せなかったが、梓は必ず出席していた。  体調を整え、多少無理をして後で寝込むことがあったとしても、遥のハレの日を自分の目で見ることは生きがいだったと言う。 「最後にもう一度、立派に大きくなった遥を見たいの」  この時、遥は工学部の三年だった。  間もなく前期が終わろうという時期。宗森家にいたなら、大学院に進むことを考えただろう。  今は、残り一年半の歳月さえ長く思えた。  あと一年半……。  蒸し暑い中を、日に日に痩せてゆく梓を空調のない離れに残して大学に行く。所属ゼミの関係で、夏休みの間も週に三日ほど大学に通う必要があった。  八月になって、ほとんどものが喉を通らなくなった梓は、起き上がるのも億劫そうに(とこ)に臥せっていた。  早く涼しくなればいいと、それだけを願った。  朝晩の食事が提供されることを命綱にして、一切の無駄遣いをせずに生き延びる。卒業して、どこか遠くへ行って、普通の暮らしを手に入れるまで。  あと、一年半。  大学までの交通費や、学費以外のテキスト代や実験費用、以前は気にしたことさえなかったものが、支出として重くのしかかる。 「遥、ハンドバッグとトランクを質屋さんに持っていってくれる?」  秋になり、少し体力を持ち直した梓が、宗森家を出る時に身に着けていたものを畳の上に置いた。 「質屋?」

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