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【11】SIDE三井遥(2)-5

「少しはお金になると思うの。本当はお父さんに返さなくちゃいけないものだけど、二つだけだから許していただきましょう。お金に変えたら、それでコートを買いましょう。もうすぐ、冬が来るから……」  宗森家を出る時に、梓も遥もあまりものを持ち出さなかった。  必要になればいつでも好きなものが手に入る。そんな恵まれた暮らしをしてきたために、冬になってコート一枚買うのに困る日が来ることが想像できなかったのだ。  質屋ではまとまった金額を融通してくれた。  初めて値段を見ながら、コートを選んだ。できるだけ低価格で機能的に十分なものを探し、梓と遥のために一枚ずつ購入した。残った金の一部で中古の小型電気ストーブを買った。  これで、冬が越せる。  そう思うとほっとした。  雪に埋もれる日々が始まると、古い離れは電気ストーブ一つではとても寒さをしのぐことができず、家の中でもコートを羽織る日が続いた。  大学まではやや距離があるので、帰りはいつも八時近くなる。  以前は壮介に与えられた乗用車で三井家から大学まで通っていた。同じ道のりを、今は電車とバスを乗り継いで、最後は徒歩で帰る。  ある晩、しんしんと降る雪の中を歩いて帰宅すると、蛍光灯の下の簡易テーブルの上に鍋とコンロが載っていた。 「今日はお鍋なんですって」  嬉しそうに梓が言う。 「家にいた頃、私の体調がいい時に、梅子がお台所の人にお鍋をお願いしてくれたことがあったわね」 「そうだったっけ?」 「お鍋は一人じゃつまらないでしょうからって。宗森のお鍋は小さな一人用の銘々鍋が多かったんだけど……」  一度、夕食用のダイニングルームではなく、座敷に鍋を用意してくれたことがあるのだと梓は懐かしそうに目を細める。

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