101 / 207

【11】SIDE三井遥(2)-6

 遥も古い記憶をたどった。 「うん。そんなことがあったね」  まだ小学生くらいの頃だ。  テーブルの中央に載せた大きな鍋から、各自好きなものを取り分けて食べたことがある。  梅子が手を貸そうとすると、壮介が「いいよ、梅子」と言った。「後は私たちでやるから」と続け、湯気の向こうで笑顔を見せていた。  三人だけで食卓を囲み、壮介と梓が遥の世話を焼く。それがひどく嬉しかったことを思い出し、胸が温かくなる。 「そっか。確かに、お鍋って一人じゃつまらないね」  壮介の不在は残念だが、こうなった今は仕方ない。  梓は微笑んで、三井の家に来てよかったと思うことがあると言った。 「今までで一番、遥が近くにいるわ」  大きな屋敷で何不自由なく暮らしていても、あの家では一人の時間が長かったと梓は言った。遥の顔が見たいと思っても、人に頼まなければ呼んでもらうこともできない。 「自分が起きられない日でも、毎日、遥と一緒にごはんが食べられる。それが、すごく嬉しいの」 「そっか」 「うん。ねえ、遥。お鍋って、ほんとに美味しいわね」  そう言って、幸せそうに笑った。  鶏と野菜の水炊きから、冷え込んだ空気を融かすように湯気が上がっていた。  あと、一年と少し。どうにか乗り越えられるかもしれないと、その時の遥は思った。  年が明けて、新雪で真っ白になった庭に出た遥は、雲一つない空を見上げていた。  ふと庭木の先を見ると、離れに移って以来初めて見る花歩の姿があった。  小さな池を挟んだ庭木の向こう側に母屋は建っている。その車寄せの、綺麗に雪を寄せた石畳の上に、正月用の豪華な振り袖姿で迎えのクルマを待っていた。  白いファーでできたショールを肩にかけ、顔は薄い化粧で彩られている。少しの憂いを含んだ横顔が、急に大人びてしまったように見えた。  遥の視線に気付いて、花歩がこちらに顔を向けた。  梓が切った不格好な髪の遥を見て、少し驚いた顔をする。わずかに泣きそうな顔をするが、すぐに目を反らし、迎えに来たクルマの中にあでやかな着物の裾を捌いて、ゆっくりと乗り込んで去っていった。  それが、花歩との最後の邂逅だった。  一月が終わりに近づく頃、一段と冷え込む日が続いた。家の中でもコートを着込んで、食卓を兼ねた折り畳み式テーブルに向かって勉強を続ける。  三年生の後期試験が目の前に迫っていた。

ともだちにシェアしよう!