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【11】SIDE三井遥(2)-9
「どこに行ったんだろう」
「わすらが使う小さいほうの風呂でよげれば、もうすぐ空ぎますよって言ったんでさ。何度かお貸すすたことがありますたからね。そしたら、先に空いだほうをお借りすますっで言っでらしたんだがなぁ」
ふだん使っている風呂は二つだけだった。
主たちのための広い浴室と、住み込みの使用人が使う一坪足らずの一般的な型のものだ。ほかに、客間の近くにもいくつか浴室があったが、必要な時だけボイラーに火を入れていた。
日常的に使うこちらの二つは、どちらも借りられるのは深夜になってからだ。
男は、住み込みで働く女中二人を起こして、一緒に梓を探してくれた。
「梓様―」
「奥様―」
四人掛かりであたりを探しても、返事もなく姿も見えなかった。
凍えるような気温の中を、明け方近くまで探し、諦めかけた時、小さな池の氷の中で眠るように目を閉じている梓を見つけた。
池の表面は氷に覆われている。梓が息をしていないことは明らかだった。
「なして、こげなごとに……」
女中の一人が家人に知らせに走り、主の電話で警察が呼ばれた。
明け方の凍るような空気の中を、大勢の捜査員が歩き回る。しばらくして、説明があった。
戸籍上の兄に当たる三井家の当主が話を聞いた。
ボイラーが近く、風呂からの排水が通る池の氷は、夜の間ほかより薄くなる。気付かずに足を載せ、割れた氷の下に落ちたのだろうということだった。
「事故 でしょうな」
何か知っていることがあれば聞きたいという警官に、自分は朝になって知ったことなので何もわからないと当主は答えた。
続いて、警官が遥の前に立った。
「息子 さんですな。何か気づいだこどは、ありますか?」
「ふだんより、少し、早く……」
話し始めたら涙が溢れた。
一度堰を切ってしまうと、後から後から嗚咽が漏れ、言葉を話すことができなくなった。
――僕が。
両手で顔を覆ってうすくまる遥を、警官が気遣う。
「まだ、あどで聞ぎますから」
警官は不寝番をしていた男に先に話を聞き始めた。遥にしたのと同じ話をした後で、男はこう続けた。
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