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【11】SIDE三井遥(2)-10

「だいぶ冷えでだもんで、それに、奥様(おぐざま)は咳をしでらしたからなぁ、気の毒になっで、甘酒さお出ししたんでさ……」 「何時ごろがね」 「うぢのが湯に入っでだころだから、十一(ずういち)時ごろかねぇ。そんで、その後見た時にゃ、もう姿がなかっだもんだから、てっきりご家族用の風呂が空いで、そちらに入られたんだと……」  男の話を裏付けるように、池の近くに湯呑みが一つ転がっているのが見つかった。男に見せると、自分が渡した湯呑みだと頷いた。  警官の一人が、それを布で包んで鑑識係に渡した。  年老いた男は、眉を寄せて首を傾げた。 「なしで、こげなもん持っで、外さ出たんだべ」 『あと一年ね』  梓の最後の言葉が耳によみがえる。  湯気の立つ甘酒を手に、母が何を思って外に出たのか考える。  飲むものと言ったら水しかない寒い部屋、そこで机に向かう息子に届けようとしたのだ。  ――僕が。 『遥、寒くない?』  ――僕が。  僕が、いつもより早く風呂に行くように言ったから……。 『試験勉強、無理しないでね』  もっと早く気付いて探しに出ていかなかったから……。 『あと一年ね』  ――僕が。  壮介の言うことを聞かず、花歩との婚約を断ったから……。  普通に女性を好きになれないから……。  ――僕が……。 『あと一年ね……』  大学なんか辞めて、早くどこかに逃げればよかった……。 「お母さん……」  ――僕が。 「お母さん……」  震える声で母を呼び、嗚咽を漏らす。  身体を丸めてうずくまり、とめどない涙を零しながら、遥は思った。  ――僕が、お母さんを殺したんだ……。

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