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【12】SIDE蓮見(10)-1

 降りしきる雨が鉄の非常階段の床に水溜り作る。  狭い庇の縁を伝った雫が蓮見の肩を濡らした。しばらく言葉を探した後で、ようやく口が動いた。 「嘘だろ……?」 「刑事事件にはなっていないようだ。何かの比喩かもしれないな」 「調べたのか……」 「うちの会社に三井を連れてきたのは、俺だからな」  人に頼まれて、兄の清人と相談の上営業部に入社させたという。 「その時に、少し素性を調べさせた。三井には、複雑な事情がある……」  長くなるが聞くかと問われ、蓮見は首を横に振った。 「なんだ。三井のことが知りたいんじゃないのか」 「知りたいよ」  西園寺は続きを促すように黙っている。 「知りたいけど……、三井さん自身が話したくないことなら、聞かなくていい」 「へえ……」 「俺が知りたいのは、たぶんそう言うことじゃないような気がするし……」  鼻を鳴らして、西園寺は新しい煙草に火を点けた。  三井が言おうとしない過去を、根掘り葉掘り聞きたいわけではない。  西園寺に言われなくても、三井が何も言わない言葉の奥に何か張り詰めたものを持っていることくらい、蓮見もわかっていたつもりだ。  新井の言ったことなど一つも信じる気はないが、何か話したくない過去があることくらい、とっくに感じていたのだ。  なぜ話したくないのかは、わからない。  何を聞いても蓮見の気持ちは変わらないけれど、今はまだ話せないというのなら、三井の心が決まるまで黙って待つつもりだった。  人に言えないくらい苦しくて、そのことが三井の心を重くしているなら、その重さを少しでも取り除く方法を見つけてやりたいと思っていた。  いつか別府が言っていた言葉を思い出す。 『三井のことが、時々怖くなる。あいつは完璧であることを当たり前だと思っている』  いつもきちんと片付いた部屋。丁寧に磨かれた食器や、アイロンの効いたシャツやシーツやハンカチ。休みの日でも客の都合に合わせて打ち合わせに出かけてゆき、その上何か勉強している気配もある。  そのどれからも手を抜くことがない。

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