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【12】SIDE蓮見(10)-3
事務所に戻り、ふだんと同じざわめきの中を自分の席に戻る。
営業部長室の前を通る時、何気なくドアを見た。白いプレートが主の不在を示していた。
窓の外を見る。
小雨が降る駐車場に別府と三井の姿があった。別府の高級セダンに向かってビニール傘が二つ動いてゆく。展示場に戻るのだろうと思った。
助手席のドアを開け、三井が透明なビニール傘を畳む。白い横顔がチラリと覗いた。
それが、三井の姿を見た最後だった。
雨で現場が進まない。残ってまでやる仕事がなくなった蓮見は、早めに事務所を出て三井のアパートに向かった。
以前、三井の帰りが予定より遅くなったことがある。蓮見はアパートの外で一時間ほど待った。
その次に訪ねた時、三井は赤くなって俯きながら、蓮見に銀色の合鍵を差し出した。
嬉しくて、その晩はめちゃめちゃに三井を抱いてしまった。翌朝になって起き上がれないと笑う三井に、蓮見は本気で謝った。
ほっそりとした腕を伸ばし、許すように黒い髪を何度か撫でた三井がどうしようもなく愛しくて、そのままもっと抱きたくなり、自分だけが出勤する現実を呪いたくなった。
鍵を握り締めると、あの日の三井の美しさや優しさを思い出す。愛しくて、胸が苦しくなる。
三井が帰ってきたら、抱きしめてキスをして、新井の言ったことなど一つも気にするなと言ってやろう。
いつもより優しく抱いて、過去のどんなことも忘れてしまえばいいのだと告げよう。
何があっても自分が三井を守ると約束しよう。
枕を抱えて、古いセミダブルのベッドに横になった。
「三井さん……」
雨の音を聞きながら三井の帰りを待つ。そのうちに、ついうとうととうたた寝をしていた。
夢の中で蓮見は思った。
――そうだ、もう一つ知っていることがある。
三井の誕生日は一月二十九日だ。
六月七日生まれの蓮見とは、実は四つ違いでいる期間のほうが長い。少し前に誕生日を祝ってもらい、その時に知ったのだ。
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