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【13】SIDE三井遥(3)-7

 笑い声が上がった。 「何、急に優しくなってんだよ」 「男には興味ないくせに」 「獲物が美人すぎて、とうとう目覚めちゃったか?」  再び笑い声。男が真剣な声で言った。  「いいから言う通りにしろよ。この後いっぱい体力使わせるんだ。できるだけいい顔を撮りたいんだよ。そのビデオで、俺は……」 「そんなにうまく行くわけないだろ」 「行くさ。間違いない。すっげえ美人が、四人の男によってたかって処女を奪われるんだぜ。ガチで」 「へえ……。処女なんだ」 「ああ。超、品のいいお姫様だぜ。おまえら超ラッキーなんだからな」 「何言ってんだよ。俺たちから金取って、動画も売って、ついでにカメラマンとしての自分も売り込むつもりのくせに」 「おまえのほうが、よほどラッキーだろ」 「売れたら出演料寄越せよな」  会話を聞くうちに、全身から血の気が引いていった。胃の奥からピザの匂いがせり上がってきて、両手で口を覆う。  吐き気を堪え、朦朧とする頭を懸命に働かせた。  部屋の外には五人。  コートと荷物はリビングに置いたままだ。取りに行くのは無理だろう。  ゆっくりと立ち上がり、部屋のカーテンをそっと開けた。胸の高さにある引き違いの窓は、大きくはないが格子などは嵌っていない。  静かに窓を開ける。ひゅうっと音を立てて寒風が吹き込んだ。  下を見ると、エントランスの屋根があった。窓までの高さは四、五メートルほどだ。エントランスの先にアスファルトの路面が見えた。  背後でドアが開く。  窓によじ登った遥は、考える前に飛び降りていた。 「おいっ!」  頭の上で誰かが叫ぶ。  落ちる。  足に痛みを感じたが、そのまま屋根を伝って端までゆくと、手でぶら下がるようにしてもう一度下に飛び降りた。  そこはもう道路だった。方向も決めず、裸足のまま走り出す。  冷たいアスファルトを蹴りながら、どうして逃げているのだろうと思った。  自分がまだ生きたいのかどうかもわからない。頭のどこかでは、もう死んでも構わないとい思っていたはずなのに。  死んだつもりの身体なら、誰に何をされてもいいはずなのに。  働かざる者食うべからず。  何かが欲しいなら、それだけの仕事を。  足の裏が切れているのか、ただ冷たいだけなのか、刺すような痛みが繰り返し襲ってくる。飛び降りた時に痛めた右足に、路面を蹴るたび激痛が走った。  あまりの痛みに息ができなくなる。耐えかねて、道の端にうずくまった。  胃の中のものがせり上がり、咳き込みながら嘔吐した。吐いてしまうと寒さで身体がガタガタ震えた。  生きることは苦しい。

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