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【13】SIDE三井遥(3)-8

 生きていることが悲しい。  もう一歩も動けないと思うのに、誰かが歩いてくるのがわかると立ち上がって歩き始めていた。  何も考えられない。それでも、手に触れる壁や塀を這うように伝って歩き続ける。  何が、どういけなかったのか。  遥にはもうわからなかった。  ただ、母をあんな目に遭わせておいて、自分だけ生きている資格はない。それだけがわかっていた。  伝っていた壁が途切れ、顔を上げる。  正面に四角い建物が見えた。不思議な建物だ。白くて飾りは何もないのに、そこは教会か寺院のような場所なのだと感じた。  道路を渡って近付くが、建物の前まで行っても入り口がどこにもない。  自分はもう死んでいて、これは天国への門なのかもしれないと思った。遥には入る資格がないから、ドアが見つからないのだ。  ふいに身体がふらついて、低い塀の先にあった石の階段を転げ落ちた。  平らな石畳の床に横たわり、月も星もない空を見上げる。  横を向くと白く光る壁の真ん中に黒い木製のドアが見えた。ドアにはノブがなく、周囲には表札や呼び鈴もない。ただ黒い板の中央、人の目の高さあたりに金色の小さな飾りがついていた。  リボンのようにも見える、数字の「8」を横にした形。  無限大を表す記号。  ――インフィニティ。  雨が降り始める。  目を閉じると、そこからはもう、寒さも冷たさも感じることはなかった。

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