121 / 207
【14】SIDE三井遥(4)-4
長く使った名前が先に零れ落ちる。
一度、息を吐いて、言い直した。
「三井……、遥」
「三井……、遥くん」
遥と同じ位置で名前を切って、美作は繰り返した。
「もうしばらく、ここで休んでて」
粥を載せた盆を手に立ち上がる。
「あの……」
「ん?」
「いえ……」
遥が寝ていたのは、大きな長椅子だった。広い空間の端にポツンと置かれている。シングルベッドほどのサイズがあり、背もたれはない。銀色の足が付いたただの長方形の椅子。クッションの付いたベンチと言ってもいい。
広い空間の中央にはガラスで囲まれた中庭があった。
中庭の上部は空まで吹き抜けになっている。中庭の床は剥き出しの土で、中央にハナミズキの木が植えてあった。今は葉を落としていて、細い枝だけが空に向かって伸びている。
ガラスの一部は扉になっていて、土の中庭に出ることができた。
部屋の内部、広い空間の床の部分には水の流れる溝があった。溝の幅は人の肩幅ほどで、深さはあまりない。階段の一段分ほどだ。四角い部屋の壁の一部に水の吐き出し口があり、流れ落ちた水を一度小さな池が受け止め、そこから溝に流れ出ていた。水は室内を横切って外につながる壁の穴に吸い込まれてゆく。
美作はそれを、ただ「水路」と呼んだ。
一方の壁には本物の暖炉が燃えていて、室内を温めている。
あちこちに椅子やテーブルやソファがオブジェのように置かれていて、段差のある室内で思い思いにくつろげるような配置になっていた。
それらは全て白一色だ。
壁も天井も床も、全てが白い。椅子の脚、ガラスを支える細いフレーム、部屋の隅にある二階のドアに続く螺旋階段だけが、磨かれた銀色の金属でできていた。
美作はこの建物を「教会」だと言った。
あるいは「家」だと。
「特定の宗教のためのものじゃなくて、自分のために祈る場所。祈らなくても構わないんだけどね」
意味が、よくわからなかった。
やがて遥はこの建物を「店舗」だと理解する。遥が椅子で寝ている間は誰も来なかったが、後になって大勢の人がやってきて、ここを「店」と呼んだからだ。
店の名前は『インフィニティ』。
入口はあの黒いドアだけだ。探しても見つけることは難しく、ドアノブも呼び鈴もないため、内側からしか開かない。
ともだちにシェアしよう!